校庭に木枯らしが吹き抜ける中、生徒はマフラーをぐるぐる巻きにしながら城へと急ぐ。
早く体を温めたくて、みんなそれぞれの寮へと早足で戻っていった。
「あ、セブルス!」
寒さで頬を真っ赤に染めた少女が、進めていた足を止めて振り返り様に呼び止めた。
しかし、どの生徒も止まることなく歩き続けている。
「セブルスってば」
彼女は完全に逆戻りし、目当ての人物のところまで駆け寄った。
一方、呼び止められた少年は不機嫌そうに眉間に皺を寄せて立ち止まる。
「……何の用だ」
「セブルスって魔法薬学、得意でしょ?」
「……」
唐突な彼女の問い。
いやな予感がする
そんな表情が少年を過ぎった。
「だったら何だ。魔法薬学はだってすきだろ」
ぶっきらぼうに言ってしまってから、彼は少しだけ後悔した。
目の前の彼女が俯いてしまったから。
「すきだよ…でもセブルスみたいに得意じゃないもん」
小さく呟く彼女に為す術もなく、上手く言葉が紡げない。
「だから…セブルスに頼みたいことがあるのに…」
「っ……話なら聞く、どこか暖かいところに移動するぞ」
焦った彼がぼそぼそと、しかも早口で言ったのに、彼女の耳にはきちんと届いており、言い終わらないうちにもう笑顔になっていた。
「ありがとう!」
そして、打って変わって彼の手を取ると、廊下を歩きだした。
寒い廊下には相変わらず人気がないが、彼は彼女の奔放さにいつもの冷静さを乱されていた。
「…、放せ!」
「だってセブルスすぐどっかいっちゃうじゃん。あ、ここ空いてる!」
「……」
すぐに空き教室を見つけると、パチパチとまだ少し爆ぜている暖炉の前の椅子に腰掛けた。
一方、彼は、一刻も早くこの用事を済ませたいのか、彼女の前に立ちっぱなしでいた。
「それで」
「あ、あのね、最近すっごく寒くて乾燥してきたでしょ」
「……」
「それも急にだったから、クリームがなくなっちゃいそうで」
「クリーム……?」
「うん。ホグズミートに買いに行けたらいいんだけど、補習が被っちゃってるしさー」
「……」
足をぱたぱたさせながら言う彼女に、彼の頭の中は疑問符だらけ。
これでは単なる愚痴の聞き役、それ以下かもしれない。
「それと僕の魔法薬学の成績がどう関係してるんだ」
「セブルスにお肌にやさしいクリーム作ってほしいの」
「…………」
不覚だった。
真顔でじっと見上げる彼女にときめいてしまったのだ。
彼女の「セブルス?」という呼びかけにはっとする。
「……そ、の、クリームとやらの効能は……」
「え、ほんとに作ってくれるの!?」
思わず口走ってしまったことに後悔した。
自ら面倒なことを引き受けてしまったのだ。
しかし、彼女のうれしそうな笑顔。
今更退くことは困難だ。
普段は考えないようなことが頭を駆け巡り、沸騰しそうだった。
「えっとねー、保湿?お肌がかさかさしないような」
「……乾燥を防ぐ保湿、か」
「そう!あとはー…うーん」
結局、半ば諦めて、素直に彼女の頼みを聞くことにした。
その方が余計なことを考えなくて済みそうだ。
意外と適応能力が高いらしい。
しかし、彼女と話しているうちに、彼はひとつの疑問が浮かんだ。
このぽやぽやしたやつのどこが乾燥しているんだ
そして、自分の疑問に率直に、先程、彼女がしたように彼女の手を取った。
「……?」
何がかさかさだ、すべすべしてるじゃないか
状態を確かめるように真っ白な肌を撫でる彼。
その様子は真剣そのもので、まるで薬学の実習の時のよう。
そんな彼の行動に、彼女は驚いて動けないでいた。
彼は、一向に解決しない疑問に突き動かされるのか、今度は座る彼女に覆いかぶさるように、まだほんのり紅い頬を両手で包んだ。
「う……」
冷たい彼の掌に、彼女の体が強張る。
しかし、そんなことよりも、いつも一緒にいるときとは雰囲気の違う彼に心臓が追いつけない。
寒さのせいでも、暖炉の火のせいでもなく、彼女の顔は紅くなり、熱が増していた。
「…せ、ぶるす…?」
「はやわらかいな。本当にクリームなんかいるのか?」
彼は両手を離し、至極真面目に言った。
もちろん、他意はない。
彼女は真っ赤な顔のまま、ぽかんとしている。
「……」
「?」
しかし、彼女の中で彼の行動の意味が読めたのか、今度は悔しそうに唇を噛み締めて彼を睨みつけた。
「ばかー!!!へんたい!!!!もう知らない!!!!!」
「は!?」
そして、彼に罵声を浴びせると、荷物も持たずに一目散に教室から駆け出していった。
ひとりぽつんと残された彼は半ば放心状態。
何も悪いことはしていないはず。
せっかく彼女の頼みを聞こうとしていたのにさっぱりだ。
眉間に皺を寄せて考えを巡らせていると、背中の暖炉が楽しそうに弾けた。
鞄…置いていくなよ…
我に返った彼が荷物を届け、彼女の気持ちを知るのはもう少し後のこと。