家族とささやかな正月を過ごし、はホグワーツへ帰ってきた。
教科書や勉強道具に加え、今年は食材も一緒に持って来ていた。
卵に小麦粉、チョコレートにココアなど。
「様、今日は何をお作りに?」
「ガトーショコラ!」
を、作るらしい。
ガラス玉のような瞳のしもべ妖精のドビーに、彼女は元気よく返事をした。
1月の授業が始まって、最初の休日。
は厨房に足を運び、早速調理に励んでいた。
ドビーに場所を借りて手際よく作業を進めていく。
魔法はまだ未熟でマグル式の調理方法だったが、それでも彼女は楽しそうだった。
チョコレートを湯煎にかけたり、粉を振るったり、の一生懸命な姿をドビーが瞳をきらきらさせながら見守っていた。
「そのケーキもいつものお方に渡されるのですか?」
「うん。だから今日も甘さ控えめ!ところでドビー、生クリームが余っちゃって……」
かちゃかちゃと泡立て器を忙しく動かしながら、は困ったように訴えた。
「では、わたくしめが使わせていただいてもよろしいでしょうか?」
「本当?そうしてくれるととっても助かる!」
から生クリームの入った容器を受け取ったドビーが深々とお辞儀をして去っていくと、彼女は再び腕に力を込めて卵白をふんわりとしたメレンゲに変えていく。
料理はそのものが魔法のようだ。
材料に手間と時間をかけるだけでおいしい食べ物になる。
食べた人を幸せにして、その幸せが作った人も幸せにする。
それ故、はそう考えていた。
生地に、出来上がったメレンゲを少しずつ加えて混ぜ、用意した丸いケーキ型に流し入れる。
オーブンに入れてドビーに教わった通りに魔法をかけて焼き始めた。
満足げに微笑むと、は椅子に座って焼きあがりを心待ちにした。
「みんな、よかったらこれ食べて!」
DAの会合の後、必要の部屋に集まっているメンバーに呼びかけた。
すかさず双子が駆け寄り歓声を上げた。
「ババロアだ!」
見事なステレオ放送に、全員がさらに注目し、の周りに続々とメンバーが集まってきた。
「ウワー、おいしそう!これ、が作ったの?」
ロンが、お菓子とに視線を行ったり来たりさせながら尋ねた。
「ううん、作ってくれたのはドビー。生クリームが余っちゃって……頼んだらこんなにいっぱい用意してくれたの!」
お菓子を配りながらが答えた。
みんなは練習の疲れもあって、うれしそうにお菓子を受け取り、口々にお礼を言って必要の部屋を後にした。
残ったのは、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニー、そしての5人で、彼らはソファに腰掛けてババロアを食べていくことにした。
食べることに夢中なハリーとロンを余所に、ハーマイオニーとジニーが目配せをする。
「、それで?」
「あなたの作ったお菓子は誰にあげるのかしら?」
勝ち誇ったようなふたりの表情に、はぎくりと体を強張らせた。
「そういえば生クリームがって……」
一歩遅れて、ハリーとロンもに注目する。
「、だれに、つくったの?」
口をもごもごさせてまっすぐ見つめるロンに耐え切れなくなり、は観念したように小さな声で呟いた。
「……せんせい」
そして、それを聞いたハーマイオニーはやれやれと溜息をつき、ジニーはにやりと口角を上げた。
「まったく、恋は盲目なんだから」
「ち、ちがうもん。いつもお世話になってるから……」
「だからってこんなに頻繁にお菓子持って遊びに行く?」
「そうよ、ジニーの言うとおりだわ」
乙女たりの会話が飛び交う中、取り残された男性陣は話が読めず、困惑した様子で眉をひそめた。
「、先生って?」
「えーと、フィレンツェか誰かかい?」
「ロン、それはパーバティよ」
ハーマイオニーにピシャリと言われ、ロンが不満そうに口をつぐんだ。
それをはハラハラしながら見つめている。
「ハリーは一緒にいて気付かないの?」
「まさか。君は授業が一緒だろうけど……」
「あら、食事中もしょっちゅう見つめてるじゃないの。ねえ?」
ジニーがそう声をかけると、再び4人の視線がに集まった。
みるみるうちにの顔が赤くなる。
「…明日はスネイプ先生の誕生日なの!もう…いいでしょ!」
それだけ言って立ち上がると、逃げるように寮へ帰っていった。
仕方ないと肩を竦めるハーマイオニーとジニー、口をあんぐりと開けたままのハリーとロンは、ただの後姿を見送ることしかできなかった。
「の想い人がスネイプなんて……」
「そりゃないよ……」
目が覚めると明け方だった。
まだ朝日は昇り切らず、空は薄暗い。
校庭に積もった雪がの気持ちをどうにか落ち着かせてくれる。
冴えてしまった頭で考えた結果、休日に起き出すにはまだ十分早い時間だったが、彼に会いに行きたい一心で身支度に取りかかった。
寒さ対策にローブを着込み、プレゼントを確認すると、それを抱えて寮を飛び出した。
夜間と違い見回りの教員はおらず、廊下は蝋燭の火が静かに灯っているだけだ。
ひっそりと静まり返り、暗くて先の見えない石造りの階段を下りる前に、自分の緊張と興奮を抑えようと深呼吸を繰り返した。
「こんな時間に何をしているのかしら?」
突如背後から聞こえた声に、息が詰まるかと思った。
その甘ったるい猫なで声の主には、今、1番見つかりたくなかった。
「……アンブリッジ先生」
「さあ、質問に答えられないのなら今すぐわたくしの部屋においでなさい。そこでゆっくりお話を聞いてあげますわ」
たるんだ顔に作り笑いを浮かべるアンブリッジからなんとか切り抜けようと、は懸命に術を探した。
しかし、こういうときに限ってうまく頭が回らない。
ふと、耳をすませると、コツコツという規則的な音が徐々に近づいてくることに気がついた。
そして、今度こそ心臓が停まるほど息が詰まった。
「こんな所で何をぐずぐずしている」
スネイプだった。
彼は有無を言わせずの腕を掴んで引っ張り、自分の背後に回らせた。
「おや、これはアンブリッジ教授。お早い朝ですな」
冷たい視線を向けられた彼女は、鼻を膨らませ、作り笑いに力を入れた。
「スネイプ先生こそ。それにわたくしは今、その生徒とお話をしていましたのよ。お返しして下さる?」
「何と、教員たる者が生徒を物扱いとは。生憎、彼女には今からわたしと補習をする約束がありましてね。ご理解頂けたらお引き取り願いますかな」
「あら、こんな早朝から補習を?」
とうとう苛立ちを露わにしたアンブリッジが声を荒げるも、スネイプは至極冷静で居続けた。
「ほう……、ホグワーツ高等尋問官殿は誠に役職に忠実でおられる。教員と生徒の個人的な予定も把握なさりたい、そうお見受けいたしますが。ああ、まさか偉大なるお方がわたしに同じ事を2度も言わせるようなことはなさらないでしょうな」
目を細めて薄ら笑いを浮かべると、アンブリッジは唇を噛みしめて元々威厳のない顔を真っ赤にさせて踵を返していった。
「……」
「……」
「……まったく、朝からあんな奴に掴まるなど」
「……ごめんなさい」
後ろに向き直り、立ち尽くすに向かってそういった。
は両手にプレゼントを抱えたまま、申し訳なさそうに顔を上げた。
そして、その時視界に入ったのは、スネイプがこちらを見て微笑んでいる、いつもだったら想像もつかない表情だった。
驚いて何も言えないでいると、背の高いスネイプは腰を屈めて膝立ちになり、の両肩にそっと掌を乗せた。
「今日はが来てくれると言うから年甲斐もなく早くに目が覚めてしまった。朝食まで薬草の様子でも見ていようと思って階段を上がったら偶然おまえがいたのだ」
「先生……。わたしも、朝早くに起きてしまいました……」
いつもとは違う、自分の顔を覗き込むように見上げるスネイプに、は不意を突かれてしまう。
の紅潮した頬を、スネイプがそっと触れた。
「おまえは本当にわかりやすい。どうしてこんなに可愛らしいんだ」
「せ、せんせい!?」
スネイプの触れたところから熱が広がっていくのを嫌というほど感じる。
混乱する頭の中で、ようやく本日の目的を思い出した。
「あ、の」
「どうした」
「えと……スネイプ先生、お誕生日おめでとうございます」
「……ああ」
はにかんだ笑顔で祝福の言葉を告げたら、スネイプはやさしくを包み込んだ。
昇った朝日が窓から差し込み、ふたりの周りをきらきらと照らしていた。
「先生、お口に合いますか?」
「おまえの作る菓子はいつも美味しいな」
「本当ですか?よかったです……!」
そう言って雪のような粉砂糖がかかったガトーショコラを口に運ぶスネイプを見て、はうれしそうに笑った。
それにつられてスネイプも微笑む。
いつも通り無機質ではあったが、紅茶とチョコレートの香りが広がる私室で、彼は心温まる誕生日を迎えたのだった。