s*m=sheep;


チョコレイト・ディスコ

迂闊だった。

とにかく運が悪かった。

多分、普段のだったらこんな所にはふらふらと行ったりしなかっただろう。

今日はたまたま、本当に偶然そこに居合わせてしまったのだ。


「そんなに大事なものだったのか?軽くて投げごたえのない包みだったぞ」


せせら笑いを浮かべた青い瞳が意地悪くを見降ろした。
柳の木の根元に転がっている、少し大きめな包みを彼女はただ見つめるしかできなかった。
取りに行こうと少しでも近付けばあの暴れ柳の枝がすかさずパンチをかましてくる。


「どうせ怖くて取りにいけないんだろ」


彼がそう言うと、取り巻きのふたりが下品な笑い声を上げた。
こんな面倒なことになるなら気がつかないふりをしておけばよかった。
しかし、自分の後輩である下級生が敵寮の同級生にいじめられているのを放っておくわけにはいかなかったのだ。
下級生の少年は、申し訳なさそうにを見上げおろおろしていた。


「ナイジェル、君は気にしなくていいんだから。大丈夫!」

「……ごめんなさいっ」


彼らから庇うように少年に微笑むと、はすぐさま振り返り無表情になった。


「なんだよ、許しでも乞うつもりか?」

「権力を振りかざして自分より弱い立場の人間をおもちゃにするのがそんなに楽しい?」

「なんだと」

「監督生が聞いて呆れるわ」


が言い終わる前に、図体の大きなふたりが杖を振りかざした。
はそれに俊敏に反応すると、守るためにナイジェル突き飛ばし、武装解除術を放った。
ナイジェルは初めて見る本当の呪文の放ち合いに、尻餅をついたままその光景を茫然と見つめていた。


「おまえ、よくも……!」


余裕ぶっていたドラコは顔を紅潮させ、口調を荒げた。
一方、一対一になったこともあり、は的確に彼の呪いを避けていた。


「この減らず口!」


そんな彼女の罵声が聞こえたかと思うと、ドラコの口から無数の泡が吹き出した。
自身に起こった現象に彼は杖を落とし、少年は「ヒッ」と悲鳴をあげた。
パニック状態で戦意喪失したドラコの様子を見届けると、はそのまま柳に向かって走り出した。
なんとしてもあの包みを取り戻さなければ。

妨害呪文を放つことによって迫りくる枝の動きを封じ、やっとのことで根元まで潜り込むことができた。
包みを掴んでローブのポケットにしっかりと収める。
また同じように柳に妨害呪文をかけ、できた隙間から一気に駆け抜けようとした。


「インカーセラス!」


その僅かな隙間から、ドラコの放った呪文が目がけて飛び込んできたのだ。
柳のせいで下手に動けなかった彼女はその呪文をまともに喰らってしまった。
体にロープが巻きついて、両腕の自由が利かなくなった。
そして、妨害呪文の効果が薄れた暴れ柳の枝がさらにを追い詰めた。


「危ない!」


我に返ったナイジェルが立ちあがってそう叫んだが、遅かった。
枝は、の身体にこれでもかという程の強い衝撃を与え、彼女は宙を舞った。
その光景に、ドラコは自分のしてしまったことの重大さにやっと気付き、顔を真っ青にさせた。
ナイジェルはどうにかしてを受け止めようと走り出した。
すべてが一瞬の出来事で、誰もが目の前のことに気を取られていた。

弧を描いて落下し始めた
彼が脚を震わせながら彼女を受け止めようと試行錯誤していた時、急にその速度が緩やかになった。
そして、自分の背よりもずっと高いところで彼女の身体は宙に浮いたまま動かなくなった。
何が起こったのかわからない彼は再びおろおろして辺りを見渡す。
しかし、程なくして息を飲んで目を見開いた。
なんと、もっとも苦手とする魔法薬学の教授がこちらに杖を向けて近づいてきていたのだ。
酸素の足りない魚のように、口をぱくぱくさせるが、何か伝えようとしても言葉は出てこなかった。


「君に杖を向けてるのではない。先に医務室に行ってマダムにベッドの用意を頼むよう伝えてきなさい」


彼の額に冷や汗が浮かぶ。
一瞬、何を言われているのか理解するのに時間を要したが、彼はスネイプの言ったことをしっかりと把握し、すぐに城へと戻って行った。
その後ろ姿を見届けると、スネイプはきつく縛られたのロープを魔法で解いていった。
そして、気を失っている彼女を一旦芝生の上に降ろし、様子を伺った。


「……」


擦り切れたローブを脱がし、制服のボタンを外して見ると、彼女の白い肌には似つかわしくない、あまりにも痛々しい大きな痣が広がっていた。
制服も何箇所か切れており、そこにはうっすらと血も滲んでいる。


「ヴァルネラ・サネントゥール」


彼が呪文を唱えると、みるみるうちに傷が癒え、制服やローブも元通りになっていった。
それを確認し丁寧に服を着せると、両腕で彼女の身体を抱えて立ちあがった。


「ドラコ」

「……は、い」

「わかっているな」

「……」


そして、俯く教え子を一瞥するとその場を離れ、ナイジェルが心配して待っているであろう医務室へと向かった。


が目を覚ますと、それはもう大変な事態だった。
彼女を心配した友人たちが医務室にお見舞いにやって来たのだが、スネイプの指示でマダムが一切入室を許可してくれなかった。
彼女の後輩であるナイジェルでさえ、もう用済みだとばかりに出ていくよう命じられたのだ。
その結果、不満を募らせた友人たちは、機会を狙って医務室の前に張り込むことにした。
すると、程なくして廊下まで聞こえるくらいの言い争いが聞こえてきたのだ。


「少しは後先考えろ!命を落としかねなかったんだぞ!」

「他に方法がなかったんです!そもそも先生の監督生を選ぶ基準がおかしいんですよ!」

「それとこれとは話が別だ!何があったか知らんが自分から柳に飛び込む等……」

「あー!!先生!わたしのローブどこやったんですか!」

「助けたというのにその態度はどういうことかね、ミス・

「ポッケに大事なものが入ってたんですよ!ていうかそれを取り返すために飛び込んだんです!」


そんなやり取りを耳にして、友人たちの反応は様々だった。
ハリーとロンは困惑気味、ハーマイオニーはまたか、と呆れ、フレッドとジョージはもっとやれとばかりに囃し立てていた。
ナイジェルに及んではかなり怯えた様子である。

一旦、言い争いが途切れたところを見ると、恐らくスネイプがローブを取りに行ったか何かであろう。
当然、中の様子は張り付いている友人たちもわからなくなった。


「……これか?」


窓辺にハンガーと共に掛けられていたローブのポケットの中からスネイプがあの包みを取り出し、確認した。
深い緑色の包みに銀色のリボンが掛けてある。
は無事ポケットから出てきた包みを見て安心したのか、表情が柔らかくなった。


「それです。よかったです、無事で」

「……フン」


心底呆れたように鼻を鳴らし、持っていた包みをローブへと戻そうとする。
それを見ては慌てて制止した、が、無理に上体を動かしたため鈍い痛みがそれをうめき声に変えてしまった。


「じっとしていろ。治ったように見えてもまだ完治しておらん」

「あ、いや…そうじゃなくて、先生、それローブに戻さないでください」

「……?」


掌のそれを、スネイプは不思議そうに見つめた。


「スネイプ先生にって思ってわたしの故郷で買って来たんです。チョコレートではないんですけど、バレンタインの贈り物ということで」

「……」

「日本の茶葉なのでお口に合うかわかりませんが……よかったら飲んでみてください」

「……おまえというやつは」


盛大な溜息をつかれても、素直に置け取ってくれたスネイプにはうれしそうに微笑んだ。


「先生、心配して叱ってくれてありがとうございます」

「後になって泣き付かれても困るのでな」

「……」

、これでも食べてさっさと元気になりたまえ」


どこから取り出したのか、毛布の上に大きな箱を置いていくと、スネイプはこちらも見ずに踵を返した。
どうやらハニーデュークスのお菓子の詰め合わせのようだった。
予想もしていなかったバレンタインの贈り物に心を奪われ、は放心気味だ。
そして。怪我はしてしまったが諦めずに取り返してよかったな、と働き始めた頭の隅でそんなことをぼんやり考えていた。



夕食後、再びスネイプが様子を見に行くと、箱を抱えて眠っているの姿があったとか。