s*m=sheep;


くもりぞら

頭上に伸びる木々の向こうに、灰色の空が広がっている。
雨が上がった今朝、森に薬草を採集しに行くスネイプにはついてきていた。
必要な分を小瓶に詰め、真っ黒なローブのポケットにしまい込み、視線を一度に向けると彼は無言のまま歩き出す。
一歩歩みを進める度、しんと静まり返った森に落ちた枝の折れる音や葉の擦れる微かな音が響いた。
まだ少し霞みがかった辺りを見回し、は深呼吸する。
水分を含んだ空気で肺が満たされた。


「雨上がりの匂いって、なんだか落ち着きます」

「そうか」

「特に森の中だと…胸に染み渡るというか」

「ふむ……」


彼女の言葉に短く相槌を打つ。
取り留めのない話をしながらふたりは歩いていた。
普段は入ることの禁じられたこの森は、にとってなかなか興味深いものであり、ちょっとした遠足気分だった。
何処に向かっているのかは見当もつかないが、彼の背中を見つめられるだけではうれしかった。
しっとりとした森と水の匂いに混じり、ほんのりと彼の香りを感じる。
その香りが鼻腔をくすぐると、胸がちいさく痛んだ気がした。
その痛みがすぐには退いてくれず、の歩調はだんだんと遅くなる。


「先生」

「ああ」


少しずつ彼との距離が開き、腕を伸ばしても届かない程になる。
呼びとめなければこのままひとりになってしまいそうで、それでいて上手く声が出せない。


「……」

「どうした」

「……」

?」

「せん、」


彼女の異変に気づいたスネイプは後ろを振り返った。
視線を向けた先に彼女の姿はなく、急いで顔を上げると少し離れたところに彼女は立ち尽くしていた。
そして手を固く握り、苦しそうな表情を浮かべていた。


「怪我でもしたのか?」


慌てて駆け寄り屈むと、彼女の顔を覗き込む。
ぶんぶんと首を横に振る彼女にますます不安になり、スネイプは彼女の頭にそっと掌を添えた。


「歩き疲れたか?」

「先生、せんせ……」


が何かを訴えようと口を開くが、結局俯いてしまう。


、ゆっくりでいいから話してみなさい。わたしは怒ったりせん」


やさしく頭を撫でながら、できるだけ険のないように言った。


「先生、わたし……」


ひどく辛そうな彼女の表情に、スネイプは胸中を掻き乱される。
もどかしさに、彼女の心を読んで一刻も早く状況を理解したい欲求に駆られたが、なんとか踏みとどまり彼女の言葉を待った。
は声を震わせながら、彼に応えるように懸命に話を始めた。
その姿さえ、スネイプには意地らしく感じられた。


「こうして先生と一緒にいるだけでしあわせだったのに…先生ともっと近くなりたいんです」

……」

「前は挨拶できただけでもしあわせだったのに…だんだん欲張りになって……」

「それは違う」


その辛そうな表情に堪えられなくなったスネイプは、先細りになる彼女の言葉を遮り自身のローブで力強く包み込んだ。


「す、ねいぷ先生…?」


突然のことに驚いたは咄嗟に身体を強張らせる。
彼の腕の中で動けずにいたは、鼓動の速さに目を見開いた。
自分のに劣らないほど、彼の鼓動が激しく脈打っていたのだ。


「わたしこそこのようなつまらぬ事に君を誘い…結果、傷つけてしまった。もっと早くこの腕に収めていたらそうならずに済んだのに」

「……」


大切にされていたことを思わせる彼の気持ちに、は身体がじんわりと温かくなるのがわかった。
一方通行の想いではなかったことを実感したのだ。


、わたしは君に対して臆病になっていた…。辛い思いをさせて済まなかった。」

「先生……」


思いもよらない彼の謝罪の言葉に、は自然と微笑みを浮かべていた。
はにかんで笑う彼女の愛おしさのあまり、スネイプは、そのほんのり紅く染まった頬にそっとくちづけた。
は驚きと恥ずかしさで顔を隠すように彼の胸に埋めもごもごと意味をなさない反抗をする。
そんな彼女を見て、スネイプは小さく笑った。


「そろそろ城に戻るか」

「…え?何処かに行こうとしていたんじゃないんですか?」

「…いや、ただと長く歩いていたかっただけだ」


いつもより少し眉間の皺を深くして、バツの悪そうな表情をしてそっぽを向く彼が可愛らしく、は彼の手を取り先を促すように歩き出した。


「森を出るまで離してあげません!」

「フン、わたしなら部屋に着くまで離さんがな」

「……!」


先程の仕返しも込めていたつもりだったが、余裕を取り戻した彼に敵うはずはなかった。
繋いだ手を一層強く握ったスネイプ。
もうふたりの間に距離は存在しなかった。





1000hits超えありがとうございました。