s*m=sheep;


May I ask you …?

薬品の匂いが鼻をつく地下の教室。
ひとつの机に、それぞれ緑のネクタイと真紅のネクタイを付けたふたりの女子生徒が座っている。
その隣の机には図体の大きなふたりとプラチナブランドの男子生徒が。
この学校としては、なんとも奇妙な取り合わせだが、この学年に限っては見慣れたものとなっていた。
そして、勢いよく開かれたドアに、教室はしんと静まり返った。はずだった。


「ちょっと!落ち着きなさいよ、

「だ、だって緊張と興奮で息が……!」


ひそひそと声を掛けるスリザリン生、パンジーの気遣いも虚しく、グリフィンドール生、の息詰まった声が石造りの壁に反響した。
それにスネイプが気付かないはずがない。


「今日は東洋の解毒剤について学ぶ」


そう言って教室を見渡す彼の視線があるところで止まる。
視線がぶつかった先で息を飲む音がした。


「ミス・、君は確か東洋出身だったと記憶しているが」

「先生、わたしが日本出身であることを覚えていて下さったんですか!」

「……」


上ずった彼女の声に、隣のパンジーは盛大に溜息を付き、スネイプは言葉に詰まった。
軽く咳払いをすると、彼は話を続けた。


「日本には漢方というものが存在するらしいが、何か知っていることはあるか」

「……しょうが?」

「日本では生姜が薬として利用されている、と?」

「薬味としては、よく使います。当然そのままでも食べられるんですけど、いろいろな食材に合うし、食べると身体が温まります!」

「ほう」


質問に対する直接の答えではないが、懸命に意見を述べるをじっと見据えた。
馬鹿にすることない真剣な眼差しに、の心臓はドキリと跳ねた。
しかし、そのようなときめきが長く続く訳がない。


「スネイプ先生、そんな食べることが好きな奴のことより、先生の有意義なお話をお聞きしたいです」


嫌味な笑みを浮かべながら、ドラコが茶々を入れた。
それに釣られるようにスリザリン生が下品な笑い声を上げ、を現実へと引き戻した。
スネイプはちらりと彼女を見やると、すぐに話を続けた。


「……。では解毒剤の話に戻るとしよう」


フンと鼻を鳴らし嘲笑うドラコの顔を、は思い切り睨みつけた。
このふたりの仲の悪さも周知の事実だ。



「今日の授業内容を羊皮紙二巻き分にまとめて、次回提出すること」


こうして、今日も2限続きの魔法薬学の授業は終わりを告げた。
昼食を心待ちにしていた生徒たちは皆急いで大広間へと向かい、教室はすぐに空っぽになった。
しかし、杖を振って黒板を綺麗にするスネイプの後ろに、残っていたが立っていた。


「何か用かね」


マントを翻す彼の緩慢な動作に卒倒しそうになるも、彼女は頬を紅潮させ口を開いた。


「は、い、あの……お忙しいとは存じますが、えっと……夕食前に質問に伺ってもよろしいでしょうか!」

「今でも構わないが」

「ええ!今は、その……」


思いもよらないスネイプの返事に、は目を泳がせた。
確かに、この場で質問をすることは何てことない。
わからないところも既に把握してある。
そのようなことを呟いている彼女がなぜ今質問をしないのか、スネイプは不審そうに見つめた。
しかし、次の瞬間が言い淀む理由が明確となった。
ふたりしかいない教室に、彼女の腹の虫が鳴り響いたのだ。


「わー!!先生!ごめんなさい!!お腹がすいているので今ではなく夕食前にまた伺います!!本当にごめんなさい!ありがとうございました!」


自身の発した音に飛び上ったは、急いでそれだけ一気に言うと、一目散に教室から去っていった。
茹でたこのように顔を真っ赤にさせ、ひどく恥ずかしそうだった。
何かを言う間もなかったスネイプだったが、彼女の様子が余程可笑しかったのか表情を緩め、彼もまた教室を出て自室へ向かった。
他に何をやらかすだろうか、午後の彼女の訪問に期待することにする。


「パンジー、お待たせ!」

「いいえ。それより、あんたってば本当に、呆れるくらい初ね」

「うう……」


廊下で待っていたパンジーと合流し、連れだって大広間に向かう。
一緒のテーブルには着けないので、いつもバスケットに昼食を入れて校庭や空き教室で食べていた。
大広間に近付くにつれて生徒も増え、美味しそうな香りが漂ってくる。
その時、誰かが追い越し際ににぶつかった。


「おや、誰かと思えば。いい加減グリフィンドールのくせにスネイプ先生に馴れ馴れしくするのはやめてくれないか」


それは、取り巻きを連れたマルフォイだった。
彼らも今から昼食に向かうのだろう。
はそんな彼を見て冷やかに言い返した。


「スネイプ先生はこの学校の教員なんだから、生徒の質問に答えるのは当然のこと。文句を言うならあなたも質問が見つかるくらい勉強をしてからにしてくれる?」

「こいつ……おい、パンジー!いくら純血だからってこんなやつと付き合うのはやめろ!」


彼女に言いくるめられたマルフォイは、今度はパンジーに食ってかかった。


「いやよ。幼馴染なんだから一緒にいて当然でしょ。ドラコももう少し大人になったらどうなの?」

「……もういい。クラッブ、ゴイル、行くぞ!」


味方がおらず、決まりの悪くなった彼は、ふたりを引き連れ人の波をかき分けて大広間に入っていった。
そんな彼の後姿を、は不機嫌そうに見ていた。


「いっつもわたしの邪魔ばっかして……」

「あたしから言わせてもらえば、いっつもそれくらいの威勢のよさで先生とも話しなさいよ」

「パンジー……努力はしてるけど緊張して上手くしゃべれないんだもん!あああ……」


本日の昼食はやけ食いということらしく、はパンジーの制止も聞かずバスケットいっぱいに食べ物を詰め込んだ。
乙女の悩みは尽きないものである。