s*m=sheep;


11.07.07

試験が終わり、夏休みも間近の7月。
校長の計らいにより、日本の風習を真似て短冊を笹に飾るイベントを行うことになった。
クリスマスのように、大広間には巨大な笹が並べてあり、魔法できらきらと輝いている。
短冊の色は、五行説による5色ではなく、各寮ごとのシンボルカラーで、寮監ではない教員はそれから各自すきな色を選んだ。
日暮れに近付くに連れて、笹の葉と共に揺れる短冊の数も増え、広間はさらさらという微かな音と、慎ましやかな光の点滅でいっぱいになっていた。


「校長も物好きですな」

「他国の文化を子どもたちに触れさせる良い機会だと思うての。おお、ほれ、セブルス見てごらん」


ふたり肩を並べて歩いていると、ダンブルドアが何かに気がついて立ち止まった。
彼の長い指が差しているのは1枚の短冊だ。
紅色の紙に、金色の整った文字で願い事が書いてあった。
それを見て微笑むダンブルドア。
一方で、スネイプは苦虫を噛み潰したような表情で眉間の皺を深くした。


「校長、わざわざこれを見せるために私とここに?」

「はてな。それより今日は、1年に1度だけ織姫と彦星が会える日とのことじゃ。たまには君から行ってみてはどうじゃ」

「……」


含みのあるダンブルドアの物言いに、スネイプは言葉を詰まらせる。
土気色の頬に赤みが差したかと思うと、きつく結んだ口から絞り出すように「失礼します」と呟いて、急ぐように踵を返した。
そんな彼の黒い背中を、ダンブルドアは我が子を見るような温かい眼差しで見送った。


人気のない廊下の天井に、きらりと光る流星群。
ベンチに座るが、何ともなしに杖を振っていた。
足をぱたぱたさせ、落ち着きがないようだが、彼女の表情は快晴の夕暮れ空とは対照的に曇っている。
杖を弄び俯いていると、不意に視界に影が落ちた。


「廊下での魔法の使用は禁止されているはずだったが」


顔を上げるよりも先に、嫌味が耳に飛び込んできた。


「先生!」


そこには腕を組み、を見下ろすスネイプが立っていた。
驚いて立ちあがると、ふたりの頭上に大量の流れ星が降り注いだ。


「これは、その…」

「夏季休暇を目前に罰則を受けたいようだな、

「……」


無表情で自分を見下ろすスネイプに、は反論できなかった。
彼女にとってスネイプに会えたことがうれしかったのに、この有様である。
言い表せぬ後悔のような物が押し寄せ、途端に視界がぼやけた。
しかし、涙が通用する相手ではないことも十分承知している。
余計に悔しくなったは身体に力を入れて、溢れる涙が零れないよう必死に平常心を保った。


「……すまぬ。わたしが悪かった。だから泣くな」

「は?」


そんな彼女の姿に、自分のしたことが大人げなかったと思ったのか、突如スネイプが掌を返して謝罪の言葉を口にした。
何が何だかわからないは混乱して、涙も引っ込んでしまった。


「おまえが短冊にあんなことを書くから校長にからかわれた」

「……あ」


バツが悪そうに言うスネイプに、は自分が書いた願い事を思い出して赤面した。
まさかそれがダンブルドアの目に留まるとは思いもしなかったのだ。


「それで、なんだ、まあ……気分でわたしもおまえをからかっただけだ」

「だ、だって先生、顔が本気でしたよ!びっくりしたじゃないですか!」


しかし、すっかり緊張の解けたは彼の漆黒のローブにしがみついて噛みついた。
何しろ先程の彼が纏った空気は冗談なんて微塵も感じさせない程だったのだ。


「フン、あれくらいで涙目になるなんてまだまだ子どもだな」

「なってませんよ!」

「全く……。催涙雨が降ったらに会いに来た意味がなくなるだろうが」

「……」


結局、恥ずかしいことを平気で言うスネイプに黙らされてしまうのだが。


「せ、先生は短冊に何書いたんですか?」


地下の研究室に向かう途中、は苦し紛れに聞いてみた。


「ああ、そんなに気になるか」

「もちろんですよ!教えてください」

「では、君にこれをくれてやる」


大股で歩いていたスネイプがローブの中から緑色の短冊を取り出した。
彼の後ろを小走りで着いていっていたは急停止し、鼻先に突きつけられたそれを慌てて受け取った。
裏返して見ると、滑らかな銀色の文字が彼女の目の前で輝いていた。


「……」


みるみるうちに頭に血が上り、沸騰しそうになる。
それは先程の赤面など比べ物にならない程。
は短冊を手にしたまま、その場に根が生えたように動けないでいた。
遠くで廊下を曲がるスネイプに呼びかけられ、やっと我に返る。


「せせせせんせい!!これはどういう……!」

「叫びながら廊下を走るな。そのままの意味だが、何か問題でも?」


爆発音が聞こえてきそうなの反応。
短冊を見つめて茫然と立ち尽くす彼女をそのままに、含み笑いをしたスネイプはすたすたと先に行ってしまった。
は、心中でこっそりイベント主催者のダンブルドアに、多大なる敬意を払ったのだった。


「せんせー!もう逢引しなくて済みますね!!!」

「誰がそのようなことを言った。そして誤解されかねないことを叫びながら廊下を走るな」