s*m=sheep;


You finally got up

次々に変わる車窓からの景色を眺めていたが、これもそろそろ退屈になってきた。
母親お手製の昼食も食べ終わり、制服にも着替えてしまった。
太陽もすっかり高くなっている。
それでも、監督生の友人が通路の巡回から戻ってくる様子は一向にない。
暇を持て余したは財布を握り、車内販売の魔女のおばさんを探しに行こうをコンパートメントを抜け出した。

重力に従って、いつもより少し早い間隔で足を進める。
車掌室に近付いているが、台車を引く魔女の姿は未だ現れない。
もしかして入れ違いになってしまったかもと思い、引き返そうか悩んでいると、の目を惹く車両が現れた。
そこのコンパートメントのひとつは、ドアについた窓に内側からブラインドが下ろされている。
それは一見ごく普通とも言えるのだが、先程まで通ってきた通路には生徒でごった返していたのに、この車両はやけに静かで、しかも、このコンパートメント以外にブラインドが下りているところはなく、中も空っぽなのだ。
こんな静かな車両でホグワーツまでの旅を過ごせるなんて羨ましいと思いつつ、そっとそのコンパートメントに近づく。
耳を澄ましてみても、特急の揺れる規則的な音しか聞こえない。
中が気になるという好奇心を抑えきれず、は取手に手をかけた。
一思いにそれを横に滑らせると、中は予想以上の空間だった。
さっきまで自分がいたところよりも、座席はゆったりとして座り心地がよさそうで、豪華な造りになっている。
そして、誰もいないのを良いことに、は片方のボックス席に腰を沈めて身を預けた。
車内販売は見つからなかったが、代わりにこんなに居心地の良い場所に辿り着けて、は満足げに顔を綻ばせた。
他に生徒がいないことを不思議に思ったが、ふわふわの背もたれに寄りかって一度微睡み始めると、寝息を立てるまでそう長くはかからなかった。

特急の刻む一定の間隔に、はふと目を覚ました。
寝惚け眼で窓の方を見ると、少し日が傾いており大分寝てしまったことを実感した。
ぎゅ、と目を瞑って腕を上げて伸びをすると、血の巡りが良くなったのか体が楽になる。
ホグワーツに到着するまでにはもう少しかかるだろう。
夕食を待ち遠しく思い、なんとなくドアの方に顔を傾けると、リラックスしていた彼女の顔が引きつった。
その視線の先には、つい先程まで自分がしていたように、やわらかな座席に身を委ね腕を組みながら居眠りをしている魔法薬学教授の姿があった。
突然のことに上手く思考回路がまわらない
目の前の席は空っぽ、その横にはスネイプ、彼の前の席、すなわちの隣には……。


「かぼちゃジュースに大鍋ケーキ……?蛙チョコレートもあるし……」


自分の隣にあった色とりどりのお馴染みのお菓子に、彼女は首を傾げて訝しがった。
まさか、スネイプが買ってきたのだろうか。
鮮やかなそれと、今日も黒衣を纏った彼を交互に見て、はますます訳がわからなくなった。
しかし、これらをスネイプがあの車内販売の陽気なおばさんから買っている光景を思い浮かべてしまった彼女は、そのちぐはぐさに思わず吹き出してしまった。


「フン、呑気なものだな」


目を閉じていたのでてっきり寝ているものだと思っていた。
は口元の手を当てたまま、恐る恐る声のする方を向いた。


「あ、あの……えっと、よく眠れましたか、先生」


身を縮こまらせて言うに、スネイプは神経質そうに目を細めると、意地の悪い笑みを浮かべた。


「笑わせるな、。見回りから戻ってくればわたしの席でおまえが寝ているではないか。起きる気配は無く、挙げ句の果てには寝言で腹が減っただと?おまえのせいで眠るどころか気も休まらなかったが」


首を竦めて、彼の小言が収まるのを待つ。
自分の行いがあまりにも愚かすぎて、ぐうの音も出なかった。


「貴様はさぞかしよく眠れただろうな」

「……スネイプ先生が起こさずにいてくださったからですよ」

「起こしてうるさくされても堪らんからな」

「……これは先生が買ってきてくださったんですか」

「腹が減った奴には菓子でも与えておけばおとなしくしていると思ったからだ」


彼はどうしてこうも嫌味っぽいのだろうか。
は解せないとでもいいたげな面持ちで口を尖らせた。
本当はやさしいくせに、と小さく呟きスネイプの方をちらりと見ると、彼は呆れたように顔を顰めた。


「先生……」

「なんだ」

「お腹すいてるんでここで食べてもいいですか?」

「鼻を鳴らすな気色悪い。すきにしろ」


畳み掛けるようにそういうと、スネイプは脇に置いてあった新聞を手に取り読み始めた。
はうれしそうににっこりすると、早速ケーキに手を伸ばした。
学校の外でのふたりだけの時間が、とても特別なものに感じられた。


「あー!先生、じっとしててください!」

「な、!さっさとしろ!」


その後、蛙チョコレートの脱走で彼の休息は呆気なく奪われた。
余計な物を買ってしまったと後悔するも、その表情はどこか楽しそうだった。