白い天井に、あたりを行き交う人々。
何だか身体が熱くて痛い。
頭の上から誰かの話し声が聞こえた。
「今日に限ってこんなに混んでるなんて……」
「原因がわかって設備がないと薬は作れないし……」
「、もう少しだからがまんしてね……」
ああ、パパとママか。
薬ってことは、わたしは今、病院にでもいるのかな。
そう思っていたら、不意に視界に白くてふわふわしたものが入ってきた。
そして、もうひとり別の声が聞こえてきた。
「これはこれは……。に、腕の中におるのはじゃな」
よくわからないけど、パパたちの知り合いみたい。
わたしの上の方で何か話をしてる。
どうやら、今の状況の説明をしてるのかな、わたしのおでこに誰かが手を当てて、白かった視界が黒に変わった。
今度はさっきの人とは違う、低い声が聞こえてきた。
何て言ってるのかはわからないけど、ママは「お願いする」って言ってるようだった。
だんだん頭がくらくらしてきて、視界が歪む。
白かった天井が、ゆらゆら霞んで黒っぽくなっていく。
瞬きをしたら、そこに見えたのは石の天井だった。
「初期の気管支炎だ。肺炎に至らずに済んで何よりだった」
「本当に助かったわ……。ありがとう」
「忙しいところをすまなかったね。本当によかった……」
「わたしこそいつも世話になっている。これくらいいつでも引き受けよう」
また、両親と黒い人との会話が聞こえた。
そういえば、身体が随分らくになった気がする。
この黒い人が助けてくれたのかな。
病院、混んでたもんね。
もう少し、眠っていようかな。
そう思って目を閉じたら、すぐに大きな声で目が覚めてしまった。
「しかし!礼には及ばん!」
なんだろう、喧嘩かな。
違う、黒い人が焦ってる。
あ、きっとうちの両親のことだから、どうしてもお礼がしたいーって言ってるんだろうな。
「本当に感謝してるんだ」
「……」
「元気になったもあなたに会いたがってるの。だからお礼をさせて?」
「まで……」
どうやら、本当にそうだったみたい。
相変わらずだな、なんて思っていたらまた両親の声が聞こえてきた。
ここはどこだろう。
なんだかまた騒がしいところにいるな。
でも白くないから病院でもないし。
辺りを見渡してみると、色とりどりのローブを着た人が楽しそうに歩いてる。
ここは……ダイアゴン横町?
「でもいいのかい?」
パパだ。
なんだか楽しそう。
「この子が懐いているようなので……わたしは構わない」
あの黒い人が、わたしの手を引いていた。
声だけしか聞こえないけど、多分この人も笑顔みたい。
「じゃあお昼にフローリシュ・アンド・ブロッツ書店の前で会いましょう。そこであなたの気に入った本をわたしたちから贈らせて」
今度はママ。
そっか、この人にお礼するためにダイアゴン横町に来てるんだね。
「ああ、すまない……。ではまた後で」
パパとママはわたしに手を振って、人波に飲まれていった。
お昼までは久々のデートかな。
「さあ、どこに行きたいんだ?」
真っ黒なローブに身を包んだその人は、一度屈んでからわたしを抱き上げてくれた。
今度は様々な形の魔法使いの帽子が見える。
「うんとねー、サンデー食べるの!」
「じゃあわたしもコーヒーを飲もう」
「わーい!」
わたしはうれしくて、その人の首にしがみついてはしゃいでいた。
遠くにフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーのカラフルなパラソルが見える。
そして、わたしたちも人波の向こうに消えていった。
「は!!」
飛び起きはしなかったものの、はぱっちりと目を開けた。
どうやら寝過したと勘違いしたようだ。
安堵しながらベットを降りる。
しかし、気分はあまり晴れない。
なにしろ今日は、ダンブルドアと面会だ。
しかも、スネイプの個別指導についての。
朝食の時も、表情は暗かったが、頭と心の整理は大体できていた。
教えてもらう先生のことでくよくよしたって仕方ない。
相手が誰であろうと、自分の夢を叶えるために協力をしてもらうことには変わりはない。
ただ、スネイプということがに小さな、いや大きな緊張を与えているだけ。
「、準備はいい?」
「……うん」
「両親からもよろしくお願いしますって伝えておいてくれよ」
「わかった」
真夏の部屋に暖炉の炎とは、なんともおかしな光景だったが、制服に着替えたは、フルーパウダーを摘むとすぐさまそこに振りかけた。
そして、大きく息を吸い込み、中に入る。
「ホグワーツ魔法魔術学校!」
炎に吸い込まれていく緊張した面持ちのわが子を、とは笑顔で送り出した。
「お、っと」
無事に着地したは、体勢を整えてまっすぐ立つと、制服に付いた灰を軽く払った。
そして辺りを見回すと、そこは見慣れた大広間だった。
少しずれた靴下を直していると、頭上に影ができた。
「よう来てくれた、ミス・」
頭を上げると、そこにはきらきらしたローブに半月型眼鏡で、ふわふわした白い髭を蓄えたダンブルドアが立っていた。
「ダンブルドア先生!この度は突然のふくろう便、失礼いたしました……」
「よいよい。それにミス・、そうかしこまらなくても構わんよ」
そう言って目を細めるダンブルドアに、の緊張は一気に解けた。
それも彼の魔力の一種なのだろうか。
「そうじゃのう、ちょうどここには机と椅子がある。少人数で話すにはちと広いが、移動せずに済むし、ここで話を聞こうか」
ダンブルドアとが机を挟んで向かい合う。
はどのタイミングで話始めればいいかわからず、思わず彼を見つめてしまった。
そんな彼女の心情を読んだのか、ダンブルドアが口を開いた。
「ほれ、君も掛けなさい」
「は、はい!」
ダンブルドアが右手を上げると、音をたてずに椅子が引いた。
が座ったのを確認すると、再び彼が口を開く。
「ご両親からの手紙を拝見したよ。それによると、君は研究員を志望しているとか……」
「はい」
「では、まずその志について伺おうかの」
「はい!」
そうして、話を進めてくれた。
は、先日両親に話したように、真剣に自分の夢について話し始めた。
ルーピン先生が人知れず苦しんでいたこと。
世の中には、治せない呪いがあること。
自分にできること、自分のやりたいことを考えたこと。
その結果が、脱狼薬や新薬の研究だったこと。
しかし、魔法薬学の知識に不安があること。
全て隠さずに話をした。
「勉強も経験も足りないくせに、今の魔法界を変えたいなんて綺麗事言っているのは十分わかっています。でも、今までたくさん苦しんでいる人たちが、この先も苦しみ続けて幸せになれないなんてことがないようにしたいんです。わたしは、両親も魔法使いで、一人っ子だし、苦労したことなんてないから……人の痛みなんて本当に理解できるかわからないですけど……。それでも夢……いえ、目標を達成するためには高度な魔法薬学の知識が必要なんです。なので、どうか個別に補習をお願いします」
勢い余って、思わず一度立ち上がって土下座をしていた。
それだけの熱意は相当なものだった。
「ミス・、頭をお上げ。それに、君は少し謙虚になり過ぎのようだね。成績とて悪くない。苦労をしてないと言うたが……他人にとっては苦労に思えないことも、本人にとって大変なことこそ苦労じゃ。そこは人と比べて判断できることではないんじゃよ」
「先生……」
は床から顔を上げて、ダンブルドアのブルーの瞳をじっと見つめた。
なんてあたたかい眼差しだろう。
「君の想いは十分伝わった。わしからは正式に個別の補習の許可を下ろそう」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「セブルス、君はどうかの」
「……!?」
綻んだの表情が、一気に固くなった。
ダンブルドアの方を見ると、彼の視線は自分の背後に向けられていた。
自分は今、絶対に振り向けないことを理解した。
「わたしは……校長の仰せのままに」
「そうか、なら決定じゃ。ミス・、実はのう、今朝早くに心配した君のご両親からふくろう便が届いたんじゃ」
「心配、ですか……?」
「スネイプ先生の前だと緊張して上手く自分の意志を伝えられないかもしれない、とな。よって、ミス・には悪いが、気付かれないようにセブルスにも聞いてもらっておいたんじゃ」
「あ、は、お気遣いありがとうございます…両親もよろしくお願いしますと言っていました…!」
こんな醜態をこれから補習を共にする教師に見られていたなんて恥ずかしすぎる。
しかし、我が両親はどうして本人に内緒でこういうことをするのだ。
そもそも、あの両親にはに内緒にしているつもりは更々ないのかもしれないが。
「せっかくだから、このままスネイプ先生と今後の計画を立てたらどうかな」
「は、はいっ」
「それでは、わしはそろそろ行くとしようかのう」
「こ、快い承諾、ありがとうございました!」
「うむ。セブルス、あとは頼むぞ」
この時、ダンブルドアがスネイプにウィンクしたことを、再び頭を床に付けて土下座していたは知る由もない。