s*m=sheep;


5

にスネイプからの返事を渡されたの瞳は、時計と手元を行ったり来たりしていて落ち着きがない。
玄関先には大きなトランクとパンパンに詰まったボストンバッグが置いてある。
それでもはそわそわしていた。
てっきり煙突飛行でホグワーツを経由してスネイプの自宅に行くものだと思っていたのだが、手紙の返事によると彼が直接、宅に姿現しをして、そのままを連れて姿くらましするらしい。
未成年で、まだ試験も受けたことのないは、その方法が予想できなくて落ち着きがなくなっていた。

本日、何度目かわからないが、玄関先に向かって耳を澄ましていると、初めてかすかにバシッという音が聞こえた。
その音にはハッとしてどたどたと玄関への廊下を走る。
それと同時にリビングに響くインターホンの音、そしての返事。
駆けつけたの目に映るのは、曇りガラス越しの漆黒の立ち姿。


「先生!……!?」


その姿を確認して、すぐにドアを開けた。
しかし、完全に開く前に、ドアの動きが止まる。
そして、の血の気の引いた表情。


「…………」

「あ、あ、せんっ、ごめんなさい!!」


ドアの淵が見事にスネイプの額にヒットしたのだ。
必死に謝るだが、スネイプの眉間の皺は深まるばかり。


「に、日本のドアは外側に開くんですよー!」


両手でよくわからないジェスチャーを行い、スネイプの気を惹こうともがくが、そんなことは全く無意味なことで。
スネイプはを一瞥するだけだった。
その瞳には、怒りとも呆れとも取れないおぞましい色を宿していた。


「すみません……」

「スネイプ先生!これからがお世話になります」


とりあえず、その微妙な空間にが合流した。
そしてさりげなく杖を振ってスネイプの膨らみかけていたたんこぶをあっという間に治す。


「これは……、かたじけない」

「いえ、この通りそそっかしい娘なので、しっかりみっちり躾けてやってください」

「教師として、存分に躾けますのでご安心ください」

「それではスネイプ先生、よろしく頼みますね。生憎、今日、主人は仕事でして……挨拶ができなくて申し訳ありません」

「お気になさらず、ご主人にもよろしくお伝え願いますかな」


の能天気な笑顔と、見慣れないスネイプのやわらかい(と表現して良いのか憚られる)表情を、はヒヤヒヤしながら見つめていた。


「じゃあ…いってきます」

「いってらっしゃい。あまり迷惑かけないようにね」

「はい……」


玄関先で別れを告げる母子。
それを確認すると、スネイプはに近寄るように促した。


「……?」

「荷物は家に送る。はわたしの腕をしっかりと掴んでいろ」

「は、い」


彼が杖を振り、荷物が消え去る。
どうやら姿くらましの準備は整ったようだ。
スネイプは、見守るに小さくお辞儀をすると、その場からとともに姿を消した。


体中が圧迫されるような感覚がを襲う。
このままスネイプの腕がすり抜けて、自分だけどこかに飛ばされてしまいそうな恐怖。
それだけは免れたいと、は一生懸命、彼の腕にしがみついた。
ただ、窮屈で苦しい。

ようやく地に足が着いたような気がして、は大きく息を吸い込んだ。
それと同時に、独特の香りを感じた。




「うわあ、はい!」


驚いて顔を上げると、そこには呆れ顔のスネイプ。
は慌てて彼から離れた。


「到着した。荷物は上の客室に置いてあるから好きに使って良い」

「はい」


スネイプは、に背を向けようとしたが、その動きを止める。
彼女がこちらをじっと見ていたから。


「スネイプ先生、これからよろしくお願いします!」


そう言って深々とお辞儀をする
今度は彼の方が、その姿をじっと見つめた。
そして、頭を上げたは戸惑いがちだが、にっこりと微笑んだ。


「荷物、整理してきますね」


そして、くるりと方向を変えると、先程言われたとおりに、2階の客間に向かった。
無機質な彼の自宅に、光が差したようだった。
彼は、しばらく動かずに考えていた。

やはりふたりの子だな……

口元を少しだけ緩ませながら、彼は夕食の準備に取り掛かることにした。
久しぶりの客人のもてなしに、何を作ろうかと、姿に似合わぬことを考えながら。