「ええ!?」
背後から意を得ない声が聞こえ、スネイプの眉がピクリと動く。
振り向けば、そこには慌てて両手で口を覆うがいた。
「どうした、忘れ物でもあったか」
「え、と、いい匂いがしたから降りてきたんですけど、その……」
「もう腹が減ったのか。夕食はまだだぞ」
「あ、いや、あー……」
「なんだ、はっきりしろ」
相変わらずごにょごにょ言い続けるに痺れを切らしたのが、スネイプは目を細めて睨みを効かした。
「う、……先生もお料理するんだーって…思いました…」
尻すぼみになっていく彼女の言葉に、小さく溜息をつく。
「食事を作らずにどうやって生活していくんだ。わたしだってそのくらいはする」
「そうですよ、ね…。すみません」
は手短にそう言うと、そそくさと2階に戻っていった。
「……全く」
スネイプは何事もなかったように作業を再開し、手際良く杖を振る。
独り身が長いせいか、料理の腕前はそれなりのもので、次々に食事が皿に盛り付けられていく。
ただ、研究の方を優先させるので、ひとりのときは適当に済ませる事の方が多いのだが。
「、降りてこい」
階段に向かって呼び掛ける。
すぐに「はーい」という返事が返ってきた。
徐々に大きくなる足音がダイニングで止まり、程なくしてが感嘆の声を上げた。
「おいしそうです!」
食卓にはチキンの照り焼きと夏野菜の付け合わせ、冷静スープとパスタのサラダが並べられていた。
が瞳を輝かせて席に着くと、スネイプは杖を振ってアイスティーを出し、自分も彼女の向かい側の椅子に座った。
「食べていいですか?」
「ああ」
そのために作ったのに、うれしそうに聞いてくるが可笑しくて思わず表情が緩む。
するとが驚いたような顔をしてスネイプを見つめ返した。
「食べないのか?」
「あ、いただきます!」
スネイプの問い掛けにはハッとすると、慌ててナイフとフォークを握った。
そして、作った人が喜ぶような表情で、とてもおいしそうに食事を口に運んだ。
特に会話はなかったが、かといって居心地の悪い雰囲気にはならないいまま、ふたりは食事を終えた。
そして、魔法で洗い物を済ませ、スネイプがリビングのソファーで紅茶を啜っていると、がやってきた。
「先生、これからのことで、ちょっといろいろお話したいんですけど……」
「ちょっといろいろ……?構わないが、まずはちゃんとした言葉を話したまえ」
「……」
学校での、「グリフィンドールから10点、減点」を彷彿させる意地悪な笑みを浮かべた表情のスネイプに、一瞬、怯んだだったが、ここが彼の自宅であることを思い出して、もう一度、向き合った。
「これからのことでお話があります」
真剣な表情のに、スネイプもティーカップを置いて彼女を見上げた。
「そこに座りなさい」
「ありがとうございます」
食事のときと同じように、向かい合ってソファに座る。
「夏休み中に、5年分の復習を一緒にしてくださるんですよね」
「ああ」
「実習、は……?」
「地下に研究室がある」
「使っても……いいんですか?」
「そのためにここへ来させたのだ」
「ありがとうございます!」
到着したときのように、は笑顔になった。
スネイプもつられそうになったが、表情に出さないようにぐっと堪える。
どうも彼女といるといつもと調子が狂うらしい。
「あと、勝手なこと言って申し訳ないんですけど……明日、ダイアゴン横町に行っても構いませんか?」
「学用品か?」
「はい、さっき部屋にふくろう便が届いていました。でもそれだけしゃなくて……」
「……?」
「3週間ってことで、生活雑貨…シャンプーなんかは買いなさいって言われて、親からお小遣いもらったんです。必要なものなので、できれば明日にでも……」
だめでしょうか、と恐々返事を伺うに、思わず持ち前の加虐心をくすぐられたが、スネイプはそれを振り払うかのように咳払いし、「行くのは構わない」と告げた。
「ほんとですか!?」
「ただし」
「……?」
「わたしも同行する。ちょうど切らしている薬品があって、取り寄せようかと考えていた。第一、君はここからどうやって行くか知らないだろう」
「あ」
その後、フルーパウダーでどうのこうのと言っていたが、が移動手段やその辺りのことを考えていなかったのは火を見るよりも明らかだった。
それに、を預かった責任上、知らない土地を彼女ひとりで歩かせるわけにもいかなかった。
「では、明日は昼食後に出発するとしよう」
「はい」
こうして、明日の予定を決めたは適当にシャワーを浴びて、早々とベッドに潜り込んだ。
何しろ、明後日になれば復習の嵐が待ち受けている。
とりあえずは明日、必要なものを買い揃え、この白と黒しかない殺風景な部屋を自分好みの快適な空間にしようと夢見ていた。