2組の足が、地面に着地する。
人生2度目の付き添い姿現しだったが、の平衡感覚は未だについていかれなかった。
横で唸っている彼女を放っておいて、黒衣の男は煉瓦を杖で順番に叩いていく。
すると、壁は音を立ててアーチになり、その先に続くダイアゴン横町にふたりを導いた。
「ほら、行くぞ」
「はーい!」
まずは文房具店で新しい羽根ペンとインク、羊皮紙の束を買いに行く。
必要なものは決まっていて、全て愛用品の補充の為に立ち寄ったが、大小様々な羽根ペンや、色とりどりのインクに目移りし、は中々店を出る事ができない。
しかし、今日はスネイプと一緒に来ていることを思い出し、会計を済ませて急いで店のドアを開けた。
「お待たせしました!」
「さほど待ってはいない」
短くそう言うと、スネイプはをちらりと見るだけで歩き出した。
はその背中を慌てて追いかける。
彼から怒りのオーラは感じなかったが、なんだか不思議な感じがした。
横町の喧騒と、真っ黒なローブ。
どこかで同じような光景を見たような、そんな気がしたのだ。
夏休みということもあり、どこの店舗もそれなりの集客で、クィディッチ用品店の前には男の子を連れた家族連れが何組も立ち止まっていた。
たちは、そうした家族連れや親子連れの間を縫って、鍋屋や雑貨店、魔法薬店に立ち寄った。
買い物のために店に入ると先に済ませたスネイプが必ず外で待たされ、が慌てて出てくるといった状況になっていたが、薬問屋に入ったときだけは逆だった。
そもそもは必要なものがなかったので、スネイプの後にくっついて一緒に薬草やガラス容器を見ていたのだが、あまりにも真剣な彼の表情を見て邪魔にならないように店の外に退散したのだった。
しばらく道行く人を眺めていたら、肩をたたかれた。
「待たせた」
スネイプが、少しバツが悪そうな表情で立っていた。
「さほど待ってはいない」
は無表情で返事を返す。
そしてすぐに、へらりと笑顔になって「待ってません」と続けた。
「……全く」
そんな彼女の顔を見て眉間の皺を深くしつつ、スネイプも呆れながら笑顔になった。
昨夜の夕食時と同じように、またはスネイプの顔をまじまじと見つめてしまう。
至極珍しいのと、何かを思い出しそうで思い出せない奇妙さを感じて。
しかしスネイプはそんなことには気づかず懐中時計を掌に乗せて時間を確認していた。
「後は書店と洋装店だけだな。まだ時間もある」
「あ……」
そう言ってちらりとを見ると、何やら言いたそうに自分の方をちらちらと見ていた。
「どうした」
「寄ってほしいところが……」
「どこに行きたいんだ?」
「せっかくだからサンデーが食べたくて……」
「……」
見るからにそういった場所を好まなそうなスネイプに、は俯いてごにょごにょと言った。
しかし、許可も拒否もない彼を不審に思って顔をあげる。
そして彼の眼をはばかることなくぽかんと口を開けてしまった。
なぜなら、彼がいつもなら絶対にしないであろう、やさしい笑みを浮かべていたからだった。
「……」
具合でも悪いんですか、そう尋ねようとしたが、彼の方が先に口を開いた。
「じゃあわたしもコーヒーを飲もう」
そうして、の返事も待たずに、スネイプは彼女の腕を引いて一層混みあっている色とりどりのパラソルが並ぶアイスクリーム・パーラーへと向かった。
パラソルの下にはどこもおいしそうなサンデーが並んでいる。
季節柄、他の飲食店や喫茶店よりも客がたくさんいるようだ。
空いている場所はないか見渡していると、ちょうど親子が席を立ったので、スネイプとはそこのパラソルに腰を落ち着かせた。
ただ、この華やかな場に似合わず、は困惑気味だった。
そして、少ししてから店主が注文を取りにやってきた。
「アイスコーヒーをひとつ。……、早くしろ」
「ちょ、先生が決めるの早過ぎなんです!(あと、行動も!ついていくので精一杯だし!)」
半ば一方的にここまで連れてこられたは、スネイプの笑顔やらサンデーの許可やらで頭の整理がつかず、注文どころではなかったのだ。
反論するためにスネイプの方を向いただったが、彼女が見たのは彼のいつもの呆れた表情で、さっきの出来事がうそのようだった。
「……ストロベリーサンデーで!」
考えこんで、やっとのことで店主に注文を伝えた。
店主はかしこまりました、と言って店の中へと戻って行った。
「先生、ほんとにここで食べていっていいんですか?」
「もう注文をしただろう」
「でも、先生はこういうところすきじゃないと思って……」
そんなやりとりを何回か続けていると、店主がコーヒーとサンデーを持ってふたりの元に戻ってきた。
お盆に乗ったサンデーは見本の写真よりかなり豪華なものだ。
「わあ!すごいですよ、わたしの!」
「スネイプ先生、随分とご無沙汰じゃないですか。こんなに大きくなったお嬢さんを連れてきて!今日はサービスですよ」
「フォーテスキュー……」
にこにことそう言うと、店主はすぐに立ち去った。
スネイプはやれやれと溜息をつく。
は目の前のストロベリーサンデーに夢中でふたりの話は全く耳に入らなかったようだ。
「んー!おいしい!苺がいっぱいで幸せです!」
しかし、テーブルの向かい側で心底うれしそうにサンデーをほおばるを見て、まあいいか、と楽観して自分もコーヒーを飲むことにした。
アイスクリーム・パーラーで一休みしたふたりは、済んだ買い物を確認し、このあと向かう場所を決めていた。
「マダム・マルキンのところでドレスローブを買ってから書店でいいですか」
「ああ。ところでダンスローブはもう持っているのではないか」
「成績がよかったのでご褒美に新しいローブ用のおこずかいももらったんです」
「そうか」
照れ笑いをしながら、自分の財布とは別に金貨が入った巾着を取り出した。
スネイプはそれに小さく微笑んだ。
失礼ながらも、徐々には彼も自分と同じように笑顔になることを受け入れる事ができるようになっていた。
学校ではあんなふうに笑うことは決してないが、彼も人間なのだから笑うことだってあるだろうと考えたら、別段おかしなことではなかった。
むしろ、こうして個別指導の準備をして、これから共に過ごすことが増える人のことを知ることができて良かったと感じていた。
「忘れ物はないか」
「大丈夫です」
日が傾き始めた頃、会計を済ませたふたりはマダム・マルキンの洋装店に向かった。