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8

小気味良いベルの音が店内に響く。


「先生、一緒に選んでもらえますか」

「いいだろう」


抱えていた荷物をマダムに預け、は自分に似合うローブを探し始めた。
今まで着ていたものは、寮のシンボルカラーでもある真紅のローブだったが、年齢に合わせて買ったため、今となってはデザインが少々幼くなってしまった。
しかし、なかなか気に入ったものが見つからず、掛けてあるローブを見ては戻し、が続いている。
クリスマスに間に合えば良いので、学校が始まってからホグズミードの支店に行って見てみてもいいかな、とが考えていると、今まで別のところでローブを見ていたスネイプがやってきた。


「気に入るかわからないが、ショーウィンドウに飾ってあるのはどうかね」


そう声を掛け、を一度店の外に連れていく。
マネキンが着ている紳士用のダンスローブの横には、別のマネキンが女性物のそれを着ていた。
女性物のを着たマネキンは道行く人に優雅に手を振っている。
そのローブは、白に近い水色で、シンプルなデザインだったが、裾や袖に繊細なレースが施してあり、ボタンもスワロフスキーでできており、細部へのこだわりが感じられた。


「あー……、気に入らなかったかね。ならば中に、」

「素敵です!」


思いもよらないスネイプのセンスの良さに、言葉を失っていただったが、唐突に瞳を輝かせながらそう言い放った。
無反応だったに不服そうな顔をしていたスネイプだったが、気に入ったことがわかると、彼も表情を和らげた。
そして、すぐに店内に戻ると、さっそくマダムに試着をお願いした。


「先生、そこで待っていてくださいね」


は、マダムから手渡されたローブを持って奥の試着室へ入って行った。


「あのローブの生地の色は、『月白(げっぱく)』といって日本特有の色ですのよ。見たところお嬢さんは東洋人のようなので、きっとお似合いですわ!」

「ほう、確かに彼女は日本人だ。それにあの清楚な色と繊細なデザインは彼女にぴったりだと思ってね」

「ふふ、先生もそんなことをおっしゃるのね。あら、いらっしゃい」


顔色を変えずにのことをそんな風に言うスネイプが可笑しくて、マダムは茶化す。
しかし、その会話は新たな客の来店によって遮られた。


「スネイプ先生じゃないですか?」

「……ああ、パーキンソンか」

「お久しぶりです、先生も何かお洋服をご購入に?」


そこに訪れたのは、彼の寮生である、パンジー・パーキンソンだった。
彼女はブリュネットのショートボブで、7年生になる監督生である。
スネイプは、マダムとの会話の時と同じように無表情で、かつ完全に学校の先生という状態になっていた。
彼女と会話を続けることを面倒に感じていると、タイミング良くマダムが試着室の方から声を掛けてくれた。


「先生、仕立てていたお洋服の用意ができましたわ。こちらで確認してくださるかしら」


そして、意味ありげに視線を送るマダムに、小さく会釈を返す。


「ああ。すまない、パーキンソン。また学校で」


彼女の返事は待たず、スネイプの姿は店の奥へと消えていった。


「なーんだ、せっかく先生がいるのが見えたからお茶にでも誘おうと思ったのに」


視界から彼がいなくなると、つまらなそうに呟いた。
そして、もう用はない、とでも言うようにさっさと店から出て行った。


「お気遣い、感謝する」

「いいえ、わたしはあちらにいるのでお嬢さんの試着を見てくださる?」

「ああ」


マダムは一度、カーテン越しに声を掛けてから試着室の外へ出て行った。
すると、ゆっくりとカーテンが開き、中から盛装したが姿を現した。
彼女の周りだけ、冬の日の満月のような雰囲気が漂っていた。
ウエストから裾にかけてしなやかなラインと波打つスカートが、照明によって輝いているように見える。
また、袖口のフリルは主張しすぎず、虹色に輝くスワロフスキーは可憐さを添えていた。
そして、それらは彼女の白い肌を一層明るく見せ、美しい黒髪を際立たせている。


「どう、でしょう……」

「……」

「そ、の、自分ではすごく気に入って……値段も範囲内のものだし、質も良いみたいなので……」

「……」

「……あの!へんですか!?」


慣れないドレスローブを着てしどろもどろなは、無言のままのスネイプに耐えきれなくなって大声で言った。
このような着飾った姿を見続けられるのは彼女でなくても気恥かしいものだ。


「いや、よく似合っている……。とても、……美しい」


の問いに我に返ったスネイプは言葉を選びながら、彼女に劣らず口ごもった。
なんともいえない空気がふたりの間を漂っている。


「せ、……今、なんて……?」

「美しい。そう言ったのだ」

「どうなさったんですの?おや……まあ……!」


店先での大声を聞いたマダムが慌てて駆けつけた。
そして、スネイプの肩越しにの姿を垣間見た途端、息を飲んでうっとりとした表情になる。


「今まで何人も試したけれど、こんなに映えるのはお嬢さんが初めてですわ!きっとあなたに着てもらうのを待っていたのよ!」


とてもお世辞を言っているようには見えないマダムの褒めっぷりに、の頬はますます紅くなった。
しかし、それ以上マダムの言葉は耳に入らず、はスネイプの言ったことが頭をぐるぐる廻っていた。
あまりにも唐突で、しかも彼に似合わぬ賞賛の言葉に、目眩がしそうだった。

火照った顔のは深呼吸をして、姿見の前に行くために試着室を出る。
その動きすら優雅に見えて、スネイプは視線で彼女の姿を追った。

は、自分の姿をまじまじと見つめ、やはりこれしかないと納得したようだった。
何より、スネイプに言われて一目見たときに直感でこれが欲しいと思ったのが決め手になった。


「マダム、このドレスローブをお願いします」

「ええ、喜んで。実はね、これを欲しがった人はみんな体に合わせるだけで試着せずに買うのを諦めていったの。実際、似合うと思える人もいなかったわ。だから、袖を通したこと自体、あなたが初めてですの」


試着を終えたから、ドレスローブを渡されたマダムはうれしそうにそう言った。
そして、ローブの包装をしながら思い出したように付け加えた。


「あなたの試着を待っている時、スネイプ先生ったら自信満々に、このローブの清楚な色と繊細なデザインは彼女にぴったりだっておっしゃってたのよ」

「マダム、わたしは事実を言ったまでだ」

「……あの、めちゃくちゃ照れるんですが」


大人たちの会話に居たたまれなくなったは、やっとの思いでそう言った。
何しろ、家族以外に褒められることにいつまで経っても慣れないには、そうするしか術がない。
会計を済ませてからも、顔は赤く、挙動もどこか可笑しかった。
そんな彼女を可愛らしく思いつつ、マダムはローブを入れた紙袋を手渡してふたりが出ていくのを見送った。


「良い買い物だったな」

「……はい。先生、あの…」

「なんだ」

「ほんとに…その…」

「少しは自信をもちたまえ。それに何度も言わせるな」

「……はい」


スネイプの言ったことが本当だということがわかり、は心がじんわりと温かくなった。
はにかみながら返事をし大切そうに紙袋を抱えると、はぐれないように彼のあとについていった。