s*m=sheep;


9.5

今日から復習の毎日が始まる。
空がうっすら白み、やわらかな光の筋がカーテンの隙間を縫って、スネイプに朝の訪れを告げた。
眉間の皺が深くなったかと思えば、次の瞬間にははっきりを瞼を開いていた。
起き上がり、寝巻から部屋着へと着替える。
朝の身支度を手早く済ませると、物音ひとつたてないの部屋へと向かった。
彼女に与えた部屋の前で一度立ち止まる。が、起きている気配は微塵もしない。
それを確認して小さな溜息をつくと、彼は目の前のドアを思い切って開いた。


……なんだ、その恰好は」


てっきり、寝ていると思ったは、ドアを開けたスネイプに背中を向けて、昨日買ったばかりのドレスローブを着込み、これもまた買ったばかりの姿見を見つめていた。


「あ、先生。先生こそそんな恰好で、何してるんですか」


振り返ってこちらを見たは、スネイプの部屋着に目をやると訝しげに眉をひそめた。
彼女の着飾った姿と理解できない返事に身動きが取れないでいると、それを察したのか、が傍に来て言葉を続けた。


「スネイプ先生、もう面倒なんで魔法でなんとかしちゃいますよ!」


そして、スネイプから一歩離れると、指をパチンと鳴らした。


「わあ、素敵です!」

「な、おまえ……!何をふざけたことを」


そこには、燕尾服に身を包んだスネイプの姿が。
それを見てはにこにこと嬉しそうに微笑んでいる。


「ふざけてませんよ。今日はダンスパーティーですよ?ほら、大広間もすっかりクリスマス仕様です」


粉雪がふる天井、大広間を囲むように壁に沿って立っている大きなクリスマスツリー、全てがきらきらと輝いていた。


「……」

「あ、ダンブルドア先生とマクゴナガル先生も踊ってらっしゃる!もう、スネイプ先生も突っ立ってないでエスコートしてくださいー」


がふくれっ面で、無理やりスネイプの手を自身の腰に当て、自分の手は彼の肩に置いて、残った片方の手を握り合った。
ゆったりとした音楽が流れ始め、ふたりはそれに合わせてステップを刻む。


「先生、お上手なんですね」

「……これくらい常識だ」


先程までぶーぶー文句を言っていたのに、今はもううっとりとした表情でスネイプを見つめていた。
一方スネイプは無理やり踊らされ、仕方なく相手をしているはずだが、彼女と踊っていると何とも言えない心地よさを感じていた。
しかし、それを決して表情には出さずに、無表情を保っていた。


「ダンスをこんなに楽しく感じるなんて初めてです」

「ほう、それは光栄だな」

「お姫様気分ですよ」

「随分とおめでたいことだ」


相変わらず浮かれ気味のだったが、徐々にこの状態に慣れてきたスネイプは冷静になって辺りを見回してみる。
そしてその光景にぎょっとした。
の可憐さにか、スネイプの物珍しさにか、はたまたその両方にか、生徒という生徒が踊らずにこのふたりを見つめているではないか。
それはドラコとパンジーも例外ではなく、ふたりともなんとも形容し難い表情である。
しかし、未だマクゴナガルと楽しそうに踊るダンブルドアは、スネイプと目が合うとお茶目にウィンクを飛ばした。




「はい?」

「黙ってついてこい」


スネイプはをエスコートしつつ、さりげなく大広間の出入り口に近付いていく。
彼の意図が掴めず、は頭にはてなを浮かべていたが、開け放たれた大広間の扉の前に来ると、スネイプはそんなものお構いなしに、突然、彼女の手を握ったまま歩き出した。


「先生!どうしたんですか?」


早足かつ大股で歩くスネイプに、は小走りで必死になってついていく。
手を握られたままなので止まることもできない。


「どうしたもこうしたもあるか。そもそも何故ホグワーツにいる」

「ちょ、先生!早いです!」

「大体、わたしは起きないおまえを起こしに行ったんだ」

「そんなこと知りませんってば!」


自室に向かうための地下牢への階段を駆け降りる。
ふたりの会話は一向に噛み合わない。


「スネイプせんせいはやすぎます、うぎゃっ!」

「……!」

その時、が遂に階段を踏み外した。
慣れないヒールが災いを招いたのだ。
スネイプはを庇うために抱きとめるが、そのまま背中から階段を落ちていく。


「う……」


鈍い痛みが彼の背中に響く。
すぐ下が踊り場だったようで、ふたり分の重さを受け止めて階段を落ち続けるという悲惨な状況は免れた。
そして、ぼんやりとした意識ははっきりとし、目を開けた。




「先生、大丈夫ですか?なんだかすごい音がしたんですけど……」


スネイプが顔をあげると、そこには部屋着のが自分を心配そうに覗きこんでいた。


「誰のせいで…!」

「…本当に大丈夫ですか?」

「おまえ……いつの間に着替えた」

「……」


の表情が心配から、歪んだ笑いに変わったのを見てスネイプははっとした。
は今にも吹き出しそうなのを堪えて、必死に無表情を装っている。


「先生……ベットから落ちて頭でも打ちました?」

「……」

「怖い夢でも」

「黙れ、おまえのせいだ」


とんでもない失態を見られたスネイプは、朝食の間中、を無視し続けて面目を保とうとしたとか。



「せんせー、どんな夢だったんですか?」

「……」

「たしか、わたしのせいとか、いつ着替えたとかなんとか?」

「…フン」