スネイプ宅に居候を始めて1週間。
毎日、ひたすら調合と復習の繰り返し。
今日までに3年生までの範囲を順調に終えることができたが、ここからが正念場である。
徐々に難易度を上げる魔法薬学の復習に、は今日も取り組んでいた。
「」
「はい」
が教科書や参考文献と格闘している間、大抵読書をしているスネイプだったが、珍しく彼女の頃合いを見計らって声をかけた。
「今日は…客人が来る。そろそろ着くころなのだが、もしわからない箇所があっても遠慮せずわたしのところに質問にきなさい」
「え、でもお客さんが来るのに……」
「構わん。それに奴は」
彼がそう言い終わらないうちに、玄関の方で物音がした。
きっと、姿現しだろう。
そして、が慌ててリビングから立ち去ろうと羊皮紙を掻き集めようとするより先に
「セブルス―、お邪魔するよ。いるんだろう?って、あれ」
というこの家には不相応な和やかな声が聞こえてきた。
は聴き覚えのあるこの声にハッとし、スネイプの方を見る。
既に彼の表情は引きつっており、無理やり冷静を保とうとしているようにも捉えられた。
「もしかして、お客さんっていうのは……」
「ああそうだ、あの忌々しい狼男め……ルーピン!」
そして、に適当に返事をすると、ずかずかと玄関に向かって行ってしまった。
何やら一方的な罵声と、それを気にも留めない風に聞き流してマイペースに話をする声が開けっ放しのドアからの耳にも届いた。
「勝手に玄関に姿現しするなと何度言ったらわかるんだ」
「どうせひとりなんだから大丈夫かなあと。そう思ってたんだけど、今日は違うみたいね」
「わたしとて暇ではない」
「わるかったよ。ところで先客はほったらかしでいいのかい?靴から判断すると、女の人なんじゃ」
「おまえには関係のないことだ」
そう言った傍から、何やらこちらに向かってどたどたと勢いのある足音が近づいてくる。
ルーピンが自分を遮るように立っているスネイプの肩越しにそちらを覗くと、目を丸くした。
「ルーピン先生、お久しぶりです!」
「じゃないか、随分大きくなったね」
2年生の時に闇の魔術に対する防衛術を担当してもらって以来の再開だった。
おそらく今日も脱狼薬をもらいに来たのだろう。
「スネイプ先生、今日はせっかくなので3人で夕食くらいいいですよね?わたしが準備しますから」
「勉強はどうする」
「明日ちゃんと取り戻します!ていうかたまには息抜きしたっていいじゃないですか」
「ほう……」
その時、スネイプの意地悪い瞳がぎらりと光った。
しかし、はそれに怯むこともなく食ってかかった。
「では復習だ。縮み薬の材料と作り方、正しい色を簡潔に述べろ」
「…材料は雛菊の根の刻んだもの、皮をむいた萎び無花果、イモムシの輪切りにネズミの脾臓1つ、ヒルの汁をほんの少し。煮込んで明るい黄緑色になったら完成です」
「……フン、どうやら口頭では緊張しないようだな。勝手にするがいい」
今回の勝者はのようだ。
嫌味を言われようが関係ない。
にこにこしながらルーピンに話を振った。
「っていうことなので、ルーピン先生、どうぞお上がり下さい」
「ここはわたしの家だ」
「わたしだって期間限定で住んでるんですよーだ」
「ふたりとも仲良しなんだね」
「……」
微笑ましく言うルーピンをスネイプが睨むが特に効果はない。
の「どこがですか!」という反論にルーピンはくすくすと笑い声を漏らした。
そんなふうに玄関先でごたごたやり取りをしていると、それに勢いをつけるかのようにバシッという音が響いた。
「リーマス!遅いから心配したじゃない!遅くなるならなるで連絡よこしなさいよ!」
いきなり現れたピンク色の髪の女性は、ルーピンに掴みかかると肩をバシバシと叩いた。
突然のできごとには目を丸くする。
「どいつもこいつも……」
隣で悪態をつくスネイプを見るところによると、知り合いであることは確かだった。
「痴話喧嘩なら他でやってもらえますかな」
腕を組んでふたりを見下ろすがやはりあまり効果はないようで、彼は溜息をつくしかなかった。
「あの…失礼ですがどちら様で?」
の問い掛けに、女性は我に返りやっとルーピンから手を話した。
そして、慌てて自己紹介をした。
「急にお邪魔してごめんなさい!わたしはニンファドーラ・トンクス。トンクスって呼んで頂戴!」
さっぱりした笑顔でそう言うと、に手を差し出した。
「わたしに詫びはないのか」というスネイプの呟きには気付かずに。
「あ、わたしは・です。スネイプ先生の教え子で、ルーピン先生に教わっていたこともあります」
整った容姿と珍しい髪の色にどきどきしながら、なんとか握手を交わした。
見た感じでは、ふたりの男よりも自分のほうが年が近いような雰囲気だ。
「もう、そんなにかしこまらなくったっていいのに。は学生なのね。わたしは闇払い。よろしくね」
「え、すごい…!よろしくお願いいたします!」
年上の同性に心躍らせるだったが、それを遮るようにスネイプが咳払いした。
「先生!まさかふたりに帰れなんて言いませんよね?」
「今まさに言おうとしたところだが」
「たまには大勢で夕食くらいいいじゃないですか!」
の中ではいつの間にかトンクスも一緒に夕食をすることになっていた。
裾を掴まれ必死に説得する彼女に、スネイプも突き放す訳にはいかないようだ。
なにしろ夏休みだと言うのに毎日同じことを繰り返していたのだ。息も詰まるだろう。
に懇願されて、スネイプも諦めたように目を閉じて溜息をついた。
「せんせい……」
「今日だけだぞ、わかったな」
「本当ですか!?」
眉尻を下げて説得していたの表情がぱっと明るくなり、一方のスネイプは決まりが悪そうに「薬の用意をする」とルーピンに告げて研究室に姿を消した。
親子のようなふたりをみて、ルーピンとトンクスは目を合わせて微笑んでいる。
「トンクスもぜひ、夕食食べてって!せっかくだからいろいろお話も聞きたくて……」
「ありがとう!それにしてもセブルスのあんな姿は初めて見たよ。ねえ、リーマス」
「そうだね。ところで食事の準備はが?」
「はい!」
「わたしも手伝うよ」
「え、でもお客様だし」
「トンクス、君は手を出すべきでは……」
「大丈夫、お皿は割らないから!」
鬼、ではなくスネイプの居ぬ間にトントン拍子に話が進み、初対面のふたりもすっかり仲良くなっていた。
果たして、無事に夕食を迎えられるのかどうか。
それは誰にもわからない。
「ちょ、トンクス、それみじん切りじゃなくてめった切り!」
今日のスネイプ宅は珍しく騒がしかった。