小さな庭に、所狭しと置かれた椅子、テーブル、鉄板、煉瓦……。
お皿の上にはとトンクスが作った餃子が大量に並んでいた。
「あー!先生、だめです!火はわたしが起こします!!」
が組んだ煉瓦の中央に杖を向けていたスネイプはびくっと肩を揺らす。
眉間の皺を深くして無言で振り向くと、彼女を訝しげに見つめた。
「マグル式ですけど……。こう見えてわたし、火起こし得意なんですよ」
「……」
古い預言者新聞をくしゃくしゃにしてからふんわりと丸め、その上に小さめの薪を乗せていく。
火がつきやすいように空気の通りを考えて設置すると、はあることに気がついた。
「せんせい……」
「どうした」
「マッチがありませんでした」
忘れてはいけないが、ここはスネイプの家。
当然、彼は常日頃魔法を使えるので、マッチなどというマグル御用達の日用品は持ち合わせていなかった。
「だからおまえは詰めが甘いんだ。わたしが火を付けるからそこをどきなさい」
「はーい……」
煉瓦の前に陣取ってしゃがみ込んでいたは横にずれ、そこをスネイプに譲る。
彼は、杖先を丸められた新聞紙に近づけて火を灯した。
新聞紙はみるみるうちに灰になり、途端に火は大きくなった。
木片に引火させようと、は手に持った畳まれたままの新聞の束でその火を扇いだ。
西に傾いた太陽が照らす空に真っ黒な灰が舞い上がる。
「先生、だんだん燃え移ってきましたよ」
「ああ、順調にいけば直にそのぎょうざとやらも焼けるようになるな」
「はい!それにしてもルーピン先生たち遅いですね」
「静かで清々するわ」
炎によって頬を赤くしながら、パチパチと爆ぜる薪を見つめるは、キャンプにはしゃぐ子どものようだった。
その横で、スネイプも炎をじっと見つめていた。
「先生、鉄板持ってくるので暫く扇いでいてくれますか?」
「ああ」
中腰になったに新聞紙を手渡され、彼女の指示通りに窯に空気を送る。
魔法でどうにかなることだっのに、素直に彼女の言うことを聞いていた自分に気がつき、なんだか無性に可笑しな気分になった。
下の方から空気を送っていたので、炎は落ち着き、ほとんどの薪が墨になりその表面を赤く染めていた。
鉄板を抱えたが危なげな足取りで家から戻ってくる。
「あ、もう乗せて大丈夫そうですね」
「そうだな、油は馴染ませたか」
「準備万端ですよ」
窯の上に油を敷いた鉄板を乗せ、ふたりで熱くなるのを待った。
時々、パチっと薪が爆ぜ、その度が飛びあがる姿をスネイプはおもしろいものを見るように眺めていた。
暫くすると、鉄板の表面からうっすらと白い煙が立ち上り、十分に熱せられたことを知らせた。
が意を決したように、テーブルから餃子の乗った皿を持ってきた。
「焼きあがるまでちょっと時間がかかるんですけど、その間にトンクスたち戻ってきますよね?」
「先に食べていても問題ない」
「……とりあえず焼き始めますね」
聞いた意味があったのか微妙なやり取りを終え、は熱々の鉄板にひとつずつ餃子を乗せていった。
ジューっという爽快な音を上げ、真っ白な皮が油を吸ってだんだんと半透明になっていくのがわかる。
「先生、焦げないように見ていてください」
「わかった」
は、蒸し焼きにするためにテーブルに置いてある蓋とお湯を取りにその場を少し離れる。
その間、番人としてスネイプが慣れない箸を持って餃子をひっくり返していた。
調合の際に完璧を求める彼は、初めての餃子作りにもかなり神経を使っていた。
皮が焦げてしまって鉄板に付かないように頃合いを見計らって慎重に剥がしているのだ。
そして、右手にコップ、左手に蓋を持ったが戻ると、鉄板の上は表面に均等に火が通った餃子でいっぱいだった。
「、これはもう食べられるのではないか」
「あ、えーっとですね、これからちゃんと中まで火が通るようにお湯を掛けて蒸し焼きにするんです」
「ほう」
「その後はお好みに応じて焼き加減を調節して出来上がりです。家流ですが」
「ではこれからが本番という感じか」
「そうですね。じゃあいきますよー」
「うむ」
スネイプが真剣な眼差しで見つめる中、が鉄板に満遍なくお湯を流し入れた。
けたたましい水蒸気を閉じ込めるべく蓋をすると、先程の轟音は治まり蓋の中でおとなしくなった。
「ものすごい湯気だったな。火傷はしていないか」
「大丈夫ですよ」
「そうか」
相変わらず窯の前に陣取ったまま餃子の観察をやめないスネイプを置いて、は調味料や人数分の食器を用意していた。
「、なんだか音が小さくなったぞ」
「ほんとですか。じゃあそろそろです」
「では、もう蓋を開けてしまって構わないのか」
「はい。先生、開けてみてください!」
4人分の取り皿を並べ終わったが駆けより、蓋を開けるスネイプを見守った。
上手く焼けていると良いのだが。
「……!」
蓋を開けると籠っていた湯気が一斉に解放され、彼の視界を真っ白にした。
鉄板に残っていたお湯が蒸発するじゅうじゅうという音は徐々に小さくなっていく。
「先生、ばっちり焼けてます!」
「ああ、良い匂いだ」
「このままやわらかいのでも十分ですが、周りがパリパリになるまで水分を飛ばすとジューシーでさらにおいしい餃子になるんですよ!」
「じっくり焼いていくのが好ましいのか」
「はい!」
中まで火の通ったきつね色になった餃子を、立派な焼き餃子にするべくふたりは一生懸命ひっくり返し続けた。
夏の夕暮れにおいしそうな音が響き渡っていた。
「チキンと野菜、調達してきたよ」
「すっごく匂いがする!」
そこへ、タイミング良くルーピンとトンクスが戻ってきた。
ご馳走になるだけでは申し訳ないとのことで、たちが火の準備をしている間に他の食材を取りに帰ってくれたのだ。
「おかえりなさい!ちょうど焼きあがったところだよ」
「まったく、鼻が利くやつらだ……」
が大皿に餃子を乗せてテーブルに運んできた。
ルーピンが杖を振ると、包丁が持ってきた食材を食べやすい大きさに切り、同時に空になった鉄板に再び油が馴染み、その上に肉や野菜が適度に乗って焼かれ始めた。
そして、3人が席に着いたことを確認すると、が餃子のたれの説明をし出した。
「日本では、焼き餃子に醤油やお酢、ラー油を混ぜたたれにつけて食べるのが一般的なんですが、わたしのおすすめは醤油ではなくめんつゆです!」
「めんつゆ?色はしょうゆと変わらないように見えるけど、何か違うのかい?」
「はい。これは主に蕎麦やうどんに使う物で、別の調味料をベースとして、醤油や砂糖を加えて作るんです」
「日本にはそんな物があるのね。やきぎょうざも初めてだけどそれも知らなかったわ」
「めんつゆは結構万能で、何にでも使えるからよかったらもらっていって」
「わあ、ありがとう!リーマス、今度うちでもぎょうざ作ろうね」
の説明を見計らい、スネイプがグラスにアイスティーを注ぎ、魔法で各自に配っていた。
静かに置かれたそのグラスを皆が右手に持ち、誰かが何かを言うのを待っていた。
「……先生、乾杯するんですか?」
「どうせならの学業成就でも願っておくか」
「じゃあホストのセブルスが音頭を取るんだね」
「おまえがやればいいだろう」
「あ、あの……」
「もう、早くしないとせっかくのぎょうざが冷めちゃうよ」
「……の学業成就を願って、乾杯」
「乾杯!!」
しかめっ面のスネイプに続いて唱和する。
窯の熱気で乾いた喉を、冷えたアイスティーで潤し、一同は餃子を食べ始めた。
ルーピンたちの持ってきた食材も、だいぶ美味しそうに焼けている。
普段はひっそりと静かな佇まいであるスネイプ宅が、今日は比べ物にならないくらい賑やかだった。
「あ、あつ……おいしい!!」
餃子を頬張ったトンクスが瞳を輝かせてに訴えた。
それを見たも釣られて笑顔になり、自分の好きなものがみんなに美味しいと思ってもらえてよかったと思った。
ルーピンはめんつゆと酢とラー油をいろいろな配分で混ぜたたれを作ってどれが一番いいのか楽しそうに探しながらごはんを進めている。
しかし、どのたれにつけても、二言目には「これもおいしいなあ」で、なかなか見つからなさそうだった。
スネイプは、無言で味わいながらひたすら餃子を食べ続けている。
と箸がぶつかりそうになると、我に返って「ぎょうざというのは美味しいな」と呟いた。
こうして、第一弾の焼き餃子はあっという間に食べつくされ、焼きあがったバーベキューに移ると、開いた鉄板で再び餃子を焼き始めた。
「先生も一緒に焼いてくれるんですか?」
「ああ。見ていないといけないので少し大変だが、なかなかおもしろい調理方法なのでな」
「ありがとうございます」
うれしそうに笑うに、スネイプも小さく微笑みを返した。
時々、火の調節もしながら、スネイプは最初より手際よく餃子をひっくり返していった。
客人のふたりはそんな光景を珍しそうに眺めつつも、穏やかな気持ちでいた。
「そういえば、ルーピン先生たち、わざわざこの食材買ってきてくださたんですか?」
餃子の番をスネイプに任せて体をテーブルの方に向けながらが聞いた。
それにルーピンはいいや、と手を横に振って答える。
「ご近所さんからもらってきたんだよ」
「え!?そんな……えええ」
「ご近所さんっていってもリーマスの親友だから遠慮はいらないわ」
「そうそう。へたれ犬だからね、財産あるくせに」
「そう、なんですか。でも、ルーピン先生の親友なら連れてきてくれればよかったのに……」
そんな他愛もない会話をしていただけなのに、今まで背中を向けて蓋をした鉄板も見守っていたスネイプが物凄い勢いでこちらを振り向いた。
「トンクスの言う通りだ。遠慮なんていらん。かつわたしの家に連れてくる必要もない」
「え?あ、はあ……。って、先生もお知り合いなんですか?」
「……ただの同窓生だ」
「そっか、先生とルーピン先生もそうですもんね」
とスネイプのやり取りを聞いて、ルーピンは苦笑いを浮かべた。
彼と親友は学生時代から犬猿の仲なのでどうしようもない。
むしろ、自分が今ここでこうして食事をしている方が驚くべきことだ。
もしかしたら、は凄い人物なのかもしれない。ある意味で、だけれども。
みんなが満腹になり少し休憩した後、後片付けをすることにした。
スネイプが外に出したテーブルや椅子などの家具を綺麗にして元に戻し、ルーピンは煉瓦や薪、火の始末をした。
トンクスは家事の魔法に四苦八苦し、それをがマグル式で補った。
始末を終えたルーピンが、ぼんやりと夜空を見上げていた。
背中には視線を感じる。
「今日はご馳走様。楽しかったよ」
姿勢はそのままで、話を続けた。
「薬も、いつもありがとう。は元気かい?」
「直接会ってはいないが、手紙の様子だと変わりなさそうだった」
「そうか。……君が個別指導なんて珍しいね」
「ダンブルドアからの頼みだからな」
「本当にそれだけ?」
「……何が言いたい」
「なーんにも」
振り向いたルーピンの意地悪な微笑みに、スネイプは顔をしかめた。
何か言ってやろうかとも思ったが、の悲鳴によってその考えは消え去った。
「リーマス助けてー!!」
トンクスの叫び声も耳に入り、キッチンが泡だらけの光景を目にしたふたりは、目の色を変えて家の中に戻っていった。
「……また、夕食に誘ってね」
「二度と来るな」