大きなトランクに荷物をいっぱいに詰め、やっとの思いで部屋から出た。
そこにはスネイプが立っていて、彼は何も言わず杖を差し出すとトランクを玄関まで運んだ。
思わず頬が緩む。
すぐにお礼を言うと、彼の背中を追いかけた。
「忘れ物はないか」
「はい」
「制服は入れたか」
「はい」
「ローブは」
「入れました」
「教科書、羊皮紙、杖」
「先生」
新入生でもあるまいし、スネイプの徹底した確認には制止をかける。
「大丈夫ですよ」
「はそそっかしい所があるからな」
「う……」
「向こうで忘れ物に気づいたら言いなさい。わたしが取りに戻る」
「わかりました」
持ち物のチェックを済まし、二人は玄関に佇む。
これからキングズ・クロス駅に直接、姿現しするためだ。
「トランクはわたしが持つ。重みに耐えかねて手を離しでもしたら後が厄介だ」
「はあ……すみません」
情けなさそうに眉尻を下げて見上げるに、スネイプは小さく笑みを漏らした。
当たり前のように差し出された腕に、も慣れたようにしがみつく。
何度経験してもその独特の浮遊感には慣れなかったが、初めての時の恐怖感はもうなかった。
それは、相手がスネイプだからということもあるだろう。
が腕に力を入れ、ぎゅっと目を閉じたのを確認すると、スネイプはトランクを抱えながら自宅より駅へ姿くらましをした。
「着いたぞ」
足元の安定感に安堵しスネイプの声に目を開けると、そこは白煙を吐き出すホグワーツ特急が生徒の出発を待つキングズ・クロス駅だった。
「ありがとうございました」
「ああ」
「先生も列車に乗るんですよね?」
「そうだ。今年はこのまま列車に乗ることにした」
このまま一緒にコンパートメントまで行けるのかな、とが考えていると、スネイプが彼女の視線に合わせるように少し屈んで声を落として言った。
「先程から君に用がある生徒がこちらを見ている」
「え……?」
「わたしは先に乗っている。個別指導は毎週金曜の午後だ、忘れないように」
「あ、はい!よろしくお願いします」
そう言って上体を起こし、颯爽と特急に乗り込むスネイプの後ろ姿に、は深々とお辞儀をした。
学校までの時間を一緒に過ごせないのを残念に思ったが、公私の切り替えをするいい時間だと思い直し、彼の言っていた生徒のいるであろう方を振り返った。
何しろ、人が多いので、目を凝らして探さないといけなかったが、燃えるような赤毛の一家はすぐに目に留まった。
彼らを見つけたは、途端に表情が明るくなる。
重いトランクを引きずりながら、急いで近づいた。
それに気がついた末息子、ロンが妹での同級生であるジニーにそれを知らせた。
「!久しぶり」
「久しぶり、ジニー!ロンはまた背が伸びた?」
「あら、、今年もうちの子たちをよろしくね」
「モリーさん、こちらこそいつもありがとうございます」
ロンは、にまた後で、というと親友の元に向かった。
とジニーはモリーの見送りを背に列車へと乗り込む。
空いているコンパートメントをやっと見つけ、二人はそこに腰を下ろした。
傍にスネイプがいないことに何だか違和感を覚えたが、久しく会った友人に心を躍らせているのもまた事実だった。
暫くすると、汽笛の音と共に列車はガタリと動きだし、駅を後にした。
「じゃあ、巡回行ってくるね」
「うん、寝てたら起こして」
「わかった、また後でね」
は、急いで制服とローブに着替え、監督性のバッヂを胸に留めると、ジニーに手を振りコンパートメントから出た。
出来るだけ早く仕事を済ませ、ジニーとのおしゃべりを楽しみたい。
話したいことも聞きたいこともたくさんある。
列車の中で何か騒動が起きなければいい、ただそう願うばかりだった。
グリフィンドールの各学年の監督性が集まり、簡単な会合をした後はそれぞれの仕事に取り掛かる。
5年生だった去年は同級生の監督性同士で組んで巡回していたが、6年生となった今年は7年生と組むようだった。
友人である男子の監督性はロンと、はハーマイオニーと組むことになった。
「何もごたごたが起こってなければいいけど。喧嘩とか」
「そうね。早く済ませて座りたいわ」
大抵、何かしらの騒動は列車の走り出しに起こる。
到着までほぼ1日かかることから、旅の後半ははしゃぎすぎて大人しくなる生徒がほとんどなのだ。
ハーマイオニーを前に、細い通路を歩いてコンパーメント内の気配を伺う。
時おり盛大な歓声が聞こえてきたりもするが、久々の友人との再会に盛り上がっているだけで、特に車内の異変は感じられなかった。
結局、彼女たちの巡回中には大したことは起こらず、二人で話して決めた結果見回りは終えることにした。
寮監への報告はハーマイオニーが行くと言ってくれたので、その申し出に甘え、礼を述べたは一足先にジニーの待つコンパートメントに戻ることにした。
途中、台車を引いてお菓子やジュースを販売している魔女に遭遇することができたので、お腹もすいていたこともあり少し多めにいろいろな種類のお菓子を購入した。
魔女は大きめの紙袋にお菓子を詰めてくれたが、それでも両手がふさがってしまった。
気を付けてね、と言う魔女には会釈をして、台車が来た方向を戻る形で再びコンパートメントを目指した。
あまり早くは歩けないので、ゆっくり進むついでにコンパーメントの中を確認していた。
それは念のため監督性の仕事である巡回も兼ねていたが、足を進める度に、それとなく彼女の表情は曇っていった。
余程、不機嫌な顔をしていたのか、時々すれ違う生徒が避けるように通り過ぎるのを見てはっとした。
スネイプ先生がどこにいるのかわからないからって、苛々してる……
子どもじゃないんだから、と思い直し、今度は出来るだけ早く歩いてさっさと自分のコンパートメントに戻ろうと紙袋を抱え直した。
夏休みとの切り替えが全くできていない自分を振り払うよう、脇目も振らずに早足で歩く。
今度はそれが裏目に出たのか、コンパートメントから勢いよく出てきた生徒と見事に衝突してしまった。
「いっ……」
の方が歩く速度は早かったが、どうやら相手の方がいくらか質量が大きかったようで、かつ両手の塞がっていた彼女は尻餅をついてしまった。
自分を犠牲にしてまでお菓子を守るのは何とも彼女らしい。
多少よろめきながらも片手でローブを叩き、立ち上がりながらごめんなさいと言いながら顔を上げると、彼女の顔からサッと血の気が引いた。
自分がぶつかったのは、教科書を買いに行ったあの日、不可解な物を見るような目つきで見ていたドラコだったのだ。
「気をつけて歩け。お前の目は節穴か」
舌打ちをして、乱れてもいないローブを叩く様は何とも嫌みたらしい。
突然すぎて何も言えず、睨むことしかできないを面倒そうに見下ろすと、彼はそれ以上は何も言わずにすれ違っていった。
暫くその場に立ち尽くしていたが、時間が経つと共にじわじわと怒りが込み上げてきた。
ドアが開くのに気づかなかったのはわたしの注意不足だけど、あっちこそ通路を確認してから出てきたらどうなの
相手が誰だかわからなかったとはいえ、自分だけが謝ったことに納得がいかない。
しかも、自分に全くの過失がないわけではないことに腑甲斐無さを感じ、結局また苛々しながら通路を歩いていた。
一方、ドラコの出てきたコンパートメントでその一部始終を目撃してしまったスネイプは、目の前に控えている学校生活の始まりに一抹の不安を抱えていた。
彼女のサポートはできる限りしたいが、そう思い通りに事が運ぶとは到底思えない。
新聞を畳んで溜息をつくと、彼は悩ましげに目を閉じ頭を垂れた。